大森一樹インタビュー
Interview with Kazuki Omori


2011年1月 東銀座
世界のどこにでもある、場所/Anywhere in the World――2011年/日本/カラー/97分/ヴィスタ/ステレオ
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 この映画では、寂れた遊園地と動物園で、精神科クリニックが患者たちのデイケアを行っている。だが、登場人物たちの立場が明らかになるに従って、正常と異常の境界が曖昧になっていく。デイケアを提唱する医師は、安楽死の問題で責任を問われ、心を病んでいる。元高校教師は、かつての教え子から先生と呼ばれる存在であると同時に、重度のノイローゼに悩まされる患者でもある。

「あやふやな人間像なんですね。いまの映画ではそれが許されないんですよ。どっちかはっきりせい、客がわからないやないか言う。それこそジャームッシュや、もっと言えばゴダールの時代には、何なんだこの人はと思うようなよくわからない人がスクリーンの中にいっぱいいた。アメリカン・ニューシネマに出てきたのも、ヒーローかアンチヒーローかわからない曖昧な人間像だったんですよ。だからこれは狙いでそうしてます。いまの分かりやすくてつまらない日本映画に対するアカンベーみたいな(笑)」

 安楽死に看護師不足、少年犯罪、ジャーナリズム、ショービジネス、新興宗教、9・11、自衛隊、金融などなど。大森監督の作品で、ここまで多岐に渡る社会問題が取り上げられたことはなかっただろう。

「なんか嫌がらせのように全部盛り込んでいるよね。だってこれだけいろんなことがあるのに日本映画ってなにもやらない。やらないといけないテーマはいくらでもあると思うんだけど。とにかく、70年代の映画の作り方をもう一度みたいなところはありましたね。ざっくりいうとATG映画ですよ。アート・シアター・ギルドの映画って、僕らが観たときはこんなだった。ゴダールとか、後に続くジャームッシュとかも含めて、なにか映画的な迷路を彷徨うことに楽しさがあったですよね。いまその迷路がうっとうしいといわれるんやけど、分からない奴はもういいって。でも、キャストもスタッフもみんな納得したうえでやってますよ。だから一人の監督がみんなを付き合わせたという感じはまったくしてないですね」

■■刺激になった学生たちの映画制作現場■■

 この映画には若々しい活力を感じるが、その原動力になっているのは70年代の映画の作り方だけではない。

「大学で卒業制作とか授業中に作る映画とか、学生たちの映画を観たことがすごいありますね。大阪芸大は3年生や4年生にはけっこう自由に作らせているんですよ。それを見ていると、これいくらぐらいでできるって聞いちゃうし、俳優もそこそこの人が出てくるんです。僕らの自主映画の時代は、友だちのお父さんとか呼んできて、台詞も棒読みだったけど、いまはタレント事務所に登録している素人のおじさんやおばさんがいて、へえー、こんな俳優がいるんかって。自主映画出身でありながら、それまで全然観てなかったんですね。あらためて映画ってこうやって作っていくんだって、何か一枚一枚剥がれていくようにわかって、これだったら自分もできるって思って、すごくいい刺激になりましたね」

 戦争を背景とした『まぼろしの市街戦』では、小さな村が精神病院の患者たちにとってアジール(解放区)のような空間になる。それでは大森監督は、デイケアが行われる遊園地と動物園をどのような空間ととらえていたのだろうか。

 
―世界のどこにでもある、場所―
 
◆スタッフ◆
 
監督/脚本   大森一樹
撮影監督 深江岳彦
編集 本田吉孝
音楽 かしぶち哲郎
 
◆キャスト◆
 
田口卓也   熊倉功
美作由布子 丸山優子
高森潤 坂田鉄平
上村乃里子 松村真知子
阪口静夫 大関真
河崎修三 大竹浩一
村木敬三 白倉裕二
神谷源一 高橋修
東千枝子 三谷悦代
奥川深 西海健二郎
高畑五郎 田上ひろし
松居久志 出口哲也
磯田眞 山崎大輔
笹谷良 石倉良信
ローナ 古藤ロレナ
シンシア 山口麻衣加
ルディ 嶋田真
ダニエル アベディン
河野真志奈 柳田衣里佳
光原正也 仲井真徹
源田 野添義弘
金子正夫 佐原健二
八巻モネ 水野久美
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(配給:グアパ・グアポ)



「後でわかってきたんですよ、戦争がないことに意味があるって。この空間って何なのかっていうと平和なんですよ、平和な時代の“まぼろしの市街戦”。いまの日本の政治とか犯罪とか、面白くない映画ができてしまうことも、あらゆることが平和の代償なんじゃないかと思います。韓国映画とは緊張感がまったく違う。韓国みたいに休戦状態で、まだ徴兵制のある国の映画にはかなわない。日本が緊迫した戦時状態だったらあんなバカな政治家たちを選んだりしないでしょ。だからといってもちろん戦争の方がいいだろうとは思わない。平和だから我慢しなきゃいけないことなんじゃないかと。平和であって、面白い映画ができて、いい政治家が出てきて、犯罪も少ないなんてあり得ないんじゃないか。最初に脚本を書いた時からラストは決めていたけど、その意味はわからなかった。でもこう考えていくと、あれは平和を引き裂く銃弾じゃないかと思える。作った方がこれだけ考えてるんだから、観る方も、分かりません、あれ何ですの?じゃなくて、もっと考えてもらわんと(笑)」

■■印象に残る地方の風土や景観■■

 もう一本の新作『津軽百年食堂』は、森沢明夫の同名小説の映画化だが、どのような経緯で監督を引き受けることになったのだろうか。

「知り合いのプロデューサーから電話がかかってきて、やってくれないかって。誰か監督が降りたんでしょうね。『世界のどこにでもある、場所』の撮影が(昨年の)5月って決まってたんで、それまでに終わるだろうか、終わる終わるみたいなやりとりで始まって。例によってつぶれるだろうと思っていたら、だんだん進みだして、えらいことになってきたなと思いましたよ。結局、この映画のクランクアップから、1週間くらいでクランクインしましたからね。向こうが『まぼろしの市街戦』だったら、こっちは原作で現在と明治時代が交互に出てくるんで、『ゴッドファーザーPART II』(74)みたいなものをやれたらなあというのがあって。どうやってもいいってことだったんで、好きなようにずいぶん手を加えましたね」===>3ページに続く

 
 
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