河�P直美インタビュー
Interview with Naomi Kawase

生の営みを源から見直そうとする視点
――『七夜待』（2008）

　『殯の森』でカンヌ映画祭グランプリを受賞した河�P直美監督。新作の『七夜待』には、これまでにない新たな試みがある。まず彼女の故郷・奈良ではなく、タイを舞台にしている。この変化は、河�P監督が単独ではなく、作家の狗飼恭子と共同で脚本を手がけていることと無縁ではない。

「脚本家がいて、映画を作るということをやってみたくて、やるなら狗飼さんだと思ったんです。狗飼さんのものの見方が好きだったし、私と眼差しが近いと感じていました。ふたりでキーワードをあげてディスカッションし、主人公は私たちと同じくらいの30代の女性やねとか、タイの古式マッサージを絡めたらどうかとか、雑然としたバンコクよりは川や緑がある田舎で、というように設定を具体化していきました。実際にタイに足を運ぶということはほとんどなく、タイのスタッフにロケハンをしてもらい、インターネットという文明の利器を使って情報を得て、ロケ地やキャストも写真で決めました。それも実はトライでした。実際に行ってみてすてきな川や道、お寺などに出会い、満足しました」

　さらにもうひとつの試みが、現場の即興性を重視した演出だ。キャストには脚本がなく、撮影する場面の自分の行動だけしか知らされていない。

「学生の頃はコンテを作っていたんですけど、コンテに従って物語を構成していくことが、あまり楽しくなかったんですね。それはどちらかというと職人的というか。私はよくわからない世界を知りたいという探究心から作っている。未知の世界に飛び込んだときの人間の衝動というのはものすごく強くて、俳優さんたちにもそういう体験をしてもらいたい。普段は見せない顔をカメラの前で見せてくれるような瞬間を私が作る。日常ではそうそう事件はなかなか起きませんが、撮影の現場である一瞬に事件が起こる。それをとらえることは、俳優さんにとってもスタッフにとっても、すごく刺激的で楽しいことだと思います」

　完成した映画からは、物語とは異なる流れが浮かび上がってくる。まず鉄道の線路に沿った人々の生の営みがあり、その線路が川に変わり、最後に川を遡ると、人ではなく動物の営みが見えてくる。そこには、生の営みを源から見直そうとする視点を感じとることができる。

「スタッフがフランス人とタイ人と日本人で、キャストもプロと素人が混在していたので、撮影中にはかなり混乱がありました。だから現場では、混乱の軌道修正をすることと、ストーリーを構築していこうとすることで精一杯でした。ただ直感的にあの現場で生きている人々の日常の風景をとらえておきたいと思い、（撮影監督の）キャロリーヌに空いている時間を使ってできるだけ撮っておいてほしいと頼んだんです。私は、映画は編集が命と思っているところがあって、通常はまずシナリオを中心に構成するんですが、実は今回は自分の意図しているものがまったく見えなかった。ある一週間の話にしかなっていなくて、何か宇宙的なものが欠けていた。それを宇宙的な世界観に高めようと悪戦苦闘しながら、市場や川の風景を入れ込んでいったときに、人間とか個人だけではない生の営みが見えてきたんです。単に彩子の動きだけを追いかけると、最後がわかりにくいかもしれませんが、生の営みとしてとらえてもらうと、しっくりくるのではないかと思います」