日本からタイにやって来た30歳のヒロイン・彩子。駅前からタクシーに乗り込み、ホテルに向かうはずが、タクシーは人気のない山道に入っていく。恐ろしくなった彼女は、スーツケースも持たずに車を飛び出し、森に迷い込む。そして、そこに暮らすタイ人の親子アマリとトイやフランス人の男グレッグと一週間を過ごすことになる。
カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した『殯の森』に続く河P直美監督の新作には、新たな試みが目立つ。彼女の故郷・奈良ではなく、タイを舞台にした物語。作家の狗飼恭子との共同脚本。タイ人、日本人、フランス人で構成されたスタッフ・キャスト。そして、現場の即興性や自発性を重視した演出だ。
だが、そんな試みによってまったく違う世界を作り上げようとしているわけではない。河P監督の独自の視点は確実に引き継がれている。
たとえば、肉体と精神だ。『殯の森』では、グループホームや介護が肉体と、死者という見えない存在が精神と結びついていた。
この映画では、古式マッサージと僧の存在が、それぞれ肉体と精神を象徴している。それから、儀式という要素も欠かせない。映画のクライマックスはトイの出家であり、物語と儀式が密接に結びつけられている。
というように作品の本質は変わらないが、一方でこの映画には、これまでにない世界の広がりがある。注目しなければならないのは、物語とは異なる流れが浮かび上がってくることだ。
まずヒロインが列車で駅に着いたとき、そこには線路に沿った人々の営みがある。彼女が森に落ち着くと、生活の軸が線路から川に変わる。そして最後にカメラが川を遡っていくと、人ではなく、トカゲや水鳥といった動物の営みが見えてくる。そんな映像の流れには、生の営みを源から見直そうとする姿勢を感じとることができるだろう。 |