メキシコの異才カルロス・レイガダスにとって長編第4作となる『闇のあとの光』では、メキシコのとある村を舞台に、日常のなかの孤独や暴力、絶望が描き出される。物語は、兄エレアサルと妹ルートゥというまだ幼い子供たちと何不自由ない生活を送る裕福な白人夫婦フアンとナタリア、そしてフアンの使用人だった男セブンを中心に展開していく。
日本で初の劇場公開となるこのレイガダスの最新作には、『ハポン』『バトル・イン・ヘブン』『静かな光』というこれまでの監督作とは異なる大胆な試みが見られる。舞台はとある村と書いたが、空間や時間は自在に変化し、そこには留学や創作活動でイギリスやベルギー、フランスで過ごしたレイガダスのヨーロッパ体験が様々なかたちで投影されている。
たとえば、性的な刺激を必要とするフアンとナタリアが、サウナで乱交に加わる場面では、夫婦はフランス語を話し、その場所の認識を曖昧にする。また、幼かったはずのエレアサルとルートゥは、豪華なレストランに親戚が集うパーティや海辺のバカンスの場面ではそれぞれに成長を遂げている。
さらに、これまでのレイガダス作品では、信仰や神が鍵を握り、犠牲、贖罪、奇跡が描かれてきたが、新作から浮かび上がるのはとりあえず神なき世界といえる。この映画には赤く発光する“悪魔”が登場する。だが、その存在が単純に災厄をもたらすわけではない。
見逃せないのは、“自然”というもうひとつの要素だ。レイガダスは屋外で撮影した映像では縁が円形にぼやける手法を使い、見えない他者の存在を意識させる。それは筆者には、悪魔ではなく、自然に宿る精霊の眼差しのように思える。
この映画は、広々とした草原で幼いルートゥが馬や犬を追いかける場面から始まる。そのとき無垢な子供と動物や自然に隔たりはなく、すべては調和している。しかし子供はいずれ大人の世界に踏み出さなければならない。 |