1BR‐らぶほてる


2013年/日本/カラー/HD/76分/16:9/HD
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(初出:『1BR‐らぶほてる』劇場用パンフレット)

 

退屈に対する苛立ち
――『1BR‐らぶほてる』に寄せて

 

 『1BR‐らぶほてる』では、ラブホテルの一室という限定された空間を舞台に、一夜をともに過ごす男女の姿が描き出される。そこにはひと通り何でも揃っている。ふたりはジェットバスに浸かり、映画のDVDを借り、ルームサービスでピザやサラダを食べ、カラオケをやり、ゲームをやり、コスプレをやり、そして大きなベッドの上で何度もセックスする。彼女はラブホテルに住みたいとすら言う。

 だが、ふたりはそんな時間を完全に満喫しているわけではない。セックスのときに彼女は好きだと言ってほしいとせがむが、彼にはそれが言えない。絶倫に憧れる彼は限界に挑戦するようにセックスに励むが、彼女はどうしてもイケない。その原因を男女のドラマから察することもできないわけではない。ふたりの間にはときどき気まずい空気が流れる。男には隠し事があり、女は薄々それに気づいているように見える。そして彼は翌朝、バスルームでそれまでとは違うもうひとつの顔を見せる。

 ではこれは、好きだと言えない男とイケない女の感情の機微を描いた映画なのか。おそらくそれだけではないだろう。実は筆者は、この男女の姿を見ながら、アメリカの女性作家ギリアン・フリンの『ゴーン・ガール』のことを思い出していた。デヴィッド・フィンチャー監督が映画化していることでも話題のミステリだ。

 この小説では、ある夫婦の奇妙、というよりも異常な関係が浮き彫りにされていくが、ここで注目したいのは、物語ではなくそんな関係を成り立たせる要因だ。背景にあるのは、「どうしようもないほどに徹底した非独創的社会」が生み出す退屈であり、具体的には(少し長い引用になるが)以下のように表現されている。

いまのぼくたちは、初めて目にするものがなにもないという、史上初の人類となった。どんな世界の驚異も無感動な冷めた目で眺めるしかない。モナ・リザ、ピラミッド、エンパイア・ステート・ビル。牙をむくジャングルの動物たちも、太古の氷山の崩壊も、火山の噴火も。なにかすごいものを目にしても、映画やテレビでは見たことがある、と思わずにはいられない。あるいはむかつくコマーシャルで。「もう見たよ」とうんざりした顔でつぶやくしかない。なにもかも見尽くしてしまっただけでなく、脳天を撃ち抜いてしまいたくなるほど最悪なのは、そういう間接的な経験のほうが決まって印象的だということだ。鮮明な映像に、絶好の眺め。カメラアングルとサウンドトラックによってかき立てられる興奮には、もはや本物のほうが太刀打ちできない。いまやぼくらは現実の人間なのかどうかさえ定かではない。テレビや映画や、いまならインターネットとともに育ったせいで、誰も彼もが似通っている(後略)」


◆スタッフ◆
 
監督   大西裕
脚本 深井朝子
撮影 田宮健彦
編集 蛭田智子
 
◆キャスト◆
 
  守屋文雄
山岸ゆか
-
(配給:ポレポレ東中野)
 
 
 
 
 
 

 さらにその先にはこんな表現も出てくる。「自動販売機で売られている無数の性格の寄せ集めではなく、リアルな本物の人間でいるというそれだけのことが、ひどく難しい時代なのだ

筆者には、この映画でも、背景としてそんな世界が意識されているように思える。テレビ番組の映像や頻発する余震は、ドラマが繰り広げられるのが、東日本大震災からそれほど時間が経過していない時期であることを示唆している。だが、巨大な津波で多くの死者や行方不明者が出ても、深刻な原発事故が起こっても、男女の生活は変わりそうにない。徹底した非独創的社会が揺らぐことはない。

 では、世界を冷めた目で眺めるしかないこの男女は、どんな人間なのか。私たちは彼らの名前を知らないし、どんな仕事をしているのかもほとんどわからない。彼らと、その次に同じ部屋を利用する男女にはどんな違いがあるのか。同じようにホテルの内装を比較し、ジェットバスに浸かり、カラオケをやり、セックスするだけではないのか。

 この映画に映し出されるラブホテルは、非独創的社会の縮図であり、誰もが楽しく、同じことを演じるように作られている。だが、主人公の男女はそんな空間にも退屈しはじめているように見える。だから男は、一日のセックスの記録に挑戦しようとするのだろう。あるいは、彼が好きだと言えないのか、言わないのか、彼女がイケないのか、イクのを拒んでいるのかは定かでないが、そこには退屈に対する苛立ちを感じ取ることができる。

 この映画のポイントは、彼女がラブホテルに住みたいと言うことにある。彼を送り出した後でチェックアウトまでそこにとどまる彼女は、住人のように見えないこともない。だが、日の光に晒された部屋は夜のそれとは違う。彼女がやることは、店を休んでオナニーするのと大差ない。結局、彼女はホテルのサービスカードを丸めて捨てるが、その気持ちが男にではなく、非独創的社会に向けられていると思うのは筆者だけではないだろう。

《引用文献》
『ゴーン・ガール』 ギリアン・フリン●
中谷友紀子訳(小学館文庫、2013年)

(upload:2014/06/20)
 
 
 
《関連リンク》
ギリアン・フリン 『ゴーン・ガール』 レビュー ■
ベン・スティラー 『LIFE!』 レビュー ■

 
 
 
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