ストレイト・ストーリー
The Straight Story  The Straight Story
(1999) on IMDb


1999年/アメリカ/カラー/111分/スコープサイズ/ドルビーSRD
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(初出:「Pause」2000年、若干の加筆)

 

 

感傷的なロード・ムービーとも感動的なヒューマンドラマとも
一線を画すリンチ的なリアリズムの魅力

 

 “ストレイト・ストーリー”というタイトルが物語るように、驚くほどまっとうなスタイルで撮られたこの映画は、これまでのリンチとはまったく違う作品のように見える。しかし、その映像からはリンチならではの視点と表現が浮かび上がってくる。

 まず確認しておきたいのは、デヴィッド・リンチとロード・ムービーの関係だ。筆者は彼の感性やイマジネーションは、ロード・ムービーというジャンルとは相性があまりよくないと思っている。彼はごく身近にある、普通なら見過ごしてしまいそうな対象から自分の世界を掘り下げていく作家だが、ロード・ムービーは、それ以前に映像の空間がむやみに広がってしまう。

 だからこそバリー・ギフォードのロード・ノヴェルをもとにした『ワイルド・アット・ハート』では、『オズの魔法使』を随所に引用することによって、広がる空間を自分の世界へと引き込んだのだろう。

 そんな仕掛けを使わないこの新作では風景が見事に広がっていく。だが、リンチが関心を持っているのは、あくまで病に倒れた兄という遥かかなたのただ一点だけを目指し、真っ直ぐに進む老人であり、彼が描いているのは、そのために自分にできることを黙々と実践する老人の姿である。

 しかし、ドキュメンタリーのように老人にカメラを向けているわけではない。ここで思い出さなければならないのは、リンチが“壊れた機械”やそれが生み出すものに特異な愛着を持っていることだ。たとえば、彼は『イレイザーヘッド』に先立つ短編を作っているときに、その音楽について以下のように語っている。

娘のジェニファーが生まれたころで、彼女の泣き声をウーハー(Uher)のテープレコーダーで録音したんだけど、これがまた壊れてたんだ。僕は壊れているのを知らないでいたんだが、泣き声も何もかも、それで録音したものは素晴らしかった。主に機械が壊れているせいで、ケーキをかじったときアイシングが立てるような音がして、その音が大好きだったんだ

 さらに、彼の作品で印象に残る電気についてはこのように語っている。

家の中に入ってくるもの……家の外で作られたり、生まれたりしたものは、必ず時間について、人生について語るんだ。そして、そういうもののどこかが故障したり、調子が悪くなったりしたら、ほかのことも意味し得るようになる


◆スタッフ◆
 
監督   デヴィッド・リンチ
Joel Hopkins
脚本 ジョン・ローチ、メアリー・スウィーニー
John Roach, Mary Sweeny
撮影 フレディ・フランシス
Freddie Francis
編集 メアリー・スウィーニー
Mary Sweeny
音楽 アンジェロ・バダラメンティ
Angelo Badalamenti
 
◆キャスト◆
 
アルヴィン・ストレイト   リチャード・ファーンズワース
Richard Farnsworth
ローズ シシー・スペイセク
Sissy Spacek
ライル ハリー・ディーン・スタントン
Harry Dean Stanton
トム エヴェレット・マッギル
Everett McGill
ドロシー ジェイン・ヘイツ
Jane Galloway Heitz
鹿の女性 バーバラ・ロバートソン
Barbara E. Robertson
-
(配給:コムストック)
 

 そんなリンチの独特の視点は人間にも適用される。つまり、老人もまた壊れかけた機械に通じるものであり、偏愛の対象となる。

 この映画では、主人公の老人が自分で改造し、荷車を接続したトラクターや、あまり自由がきかない足をカバーするために譲り受けるマジック・ハンド、あるいは、旅先で故障したトラクターを直してもらったときの修理費の明細といったディテールが印象に残り、老人の存在を浮き彫りにする。

 この老人は旅の途中で、クルマで鹿をはねて殺してしまった女性に出会う。路上で嘆き悲しむ彼女は、この2ヶ月足らずのあいだに、同じことが繰り返し起こり、目の前に横たわる鹿が13頭目だと言いだす。このエピソードを、突然飛び出した奇妙なユーモアとして笑ってしまうことは容易だが、間違っても560キロという距離を時速8キロで進んでいく老人が、鹿をはねて殺してしまうことはないだろう。

 そんなリンチ的リアリズムが随所に散りばめられたこの映画は、感傷的なロード・ムービーとも感動的なヒューマンドラマとも一線を画す魅力を放っている。

《参照/引用文献》
『映画作家が自身を語る/デイヴィッド・リンチ[改訂増補版]』クリス・ロドリー編●
(廣木明子・菊池淳子訳/フィルムアート社)

(upload:2013/01/08)
 
 
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