オーストラリア・ニューサウスウェールズ出身の女性監督ケイト・ショートランドの長編デビュー作『15歳のダイアリー』(04)は、04年のカンヌ国際映画祭ある視点部門に出品され、同年のオーストラリア映画協会賞を総なめにした。
ヒロインは、母子家庭に暮らす15歳の少女ハイジ。ある日、母親の恋人を誘惑しているところを見つかった彼女は、家を飛び出し、スキーリゾート地ジンダバインの小さな町にたどり着く。そして、美しい湖が広がり、雪と氷に包まれた世界で、新たな生活を始める。
なんとかガソリンスタンドのコンビニで仕事を見つけ、ロッジを営む女性イレーネの好意で部屋を借りられたハイジは、落ち着いた日常を送るかに見える。しかし、地元の農場主の息子ジョーと恋に落ちたことから、彼女のなかの自己破壊的な衝動を抑えられなくなる。
この映画の冒頭では、風に揺れる洗濯物の狭間に少女の姿が浮かび上がる。中盤では、鏡に見入るハイジが、一人芝居で恋する男女を演じる。そうした細部を踏まえるなら、自分自身の輪郭も定かではなく、恋に恋している少女が、現実の世界に放り出され、成長を遂げるイニシエーションが描き出されているといえる。
新人の女性監督が少女のイニシエーションという題材を扱えば、半自伝的な作品と思いたくなるところだが、それは正しくない。この映画の世界には、ショートランドが得た様々なインスピレーションがより合わさっている。
たとえば、この物語の出発点になったのは、ショートランドが実際に目にした3人の人物だという。ひとりは、年上のゲイの男。他のふたりは、彼を敵視する若い男とそのガールフレンド。この若い男は、ストレートではあるものの、自分のセクシャリティについて混乱をきたしているところがあるため、ゲイの男を攻撃しようとする。
少女のイニシエーションとはまったく違うエピソードのように見えるが、その図式はかたちを変えてこの映画に埋め込まれている。ジョーの農場の近くには、彼と親しいリチャードという人物が住んでいる。リチャードは、年上のゲイの男で、農場をたたんで転居しようとしている。ハイジとどう向き合えばいいかわからずに悩むジョーは、そんなリチャードを訪ね、酔っぱらって彼にキスしてしまう。
そこで思い出しておきたいのが、ショートランドがアボリジニのための教育施設で教師を務めていたことだ。この映画にはアボリジニが直接絡んでくるわけではない。だが、アイデンティティに向けられたショートランドの眼差しは、おそらくそんな経験と無関係ではない。ゲイのリチャードは自分が何者であるのかがわかっている。ハイジとジョーは、自分が何者であるのかがわからないためにもがいている(この若い男女の関係は、ショートランドが8年後に監督した第2作『さよらな、アドルフ』(12)に引き継がれている)。 |