ヨーロッパ公開時に大きな反響を呼び、多くの映画賞を受賞した異色のドキュメンタリーの舞台は、フランス・アルプス山脈に建つグランド・シャルトルーズ修道院。カトリック教会の中でも厳しい戒律で知られるカルトジオ会の男子修道院だ。修道士たちは、藁のベッドと薪ストーブが備えられた房で、それぞれに毎日を祈りに捧げ、清貧のうちに一生を終える。
フィリップ・グレーニング監督がそんな修道士たちと暮らし、彼らの世界を記録したこの映画には、明確なストーリーも具体的な説明もない。それは必ずしも、礼拝以外の音楽やナレーションをつけず、照明を使わないことが撮影を許可する条件だったから、このような作品になったということではない。監督自身もインタビューで、修道院の背景の説明を拒み、ネットで調べることを勧めている。つまり、ここには情報では理解できないものが映し出されている。
まず印象に残るのは、タイトルにもなっている沈黙の力である。修道士が会話を許されるのは、日曜の昼食後に限られている。静寂に包まれた空間では、床の軋みや衣擦れ、薪がはぜる音、深々と降る雪や風の音、鳥の声や虫の羽音などが、心に深く響いてくる。
しかしもっと重要なのは時間だ。グレーニング監督は世界をありのままに映し出しているだけではない。編集を通して修道士の深層を掘り下げている。映画を観ているうちに、私たちは時間の観念が揺らいでいくのを感じる。修道士たちは1度に3時間しか睡眠をとらず、1日7回、房で祈祷を行い、朝と晩に礼拝堂でミサを行う。それが繰り返されるうちに、明日や1年後、10年後といった時間は意味を失う。始まりや終わりという意識もなくなる。私たちを縛る時間の外で儀式を繰り返す修道士たちのリズムは、自ずと彼らを取り巻く自然のサイクルに近づいていく。
そんな特異な感覚に触れたとき、老修道士が穏やかな口調で語る「死を恐れることはない」とか「神に近づく」という言葉の意味がわかる気がしてくるのは筆者だけではないだろう。 |