小説を映画化する場合には、大きく分けてふたつのアプローチがある。原作に忠実であることを心がけ、映像表現の可能性を追求するか、それとも原作に大胆な脚色を施し、独自の世界を切り拓くかだ。世界的ベストセラーである「ミレニアム」シリーズの第四部を映画化したこの『蜘蛛の巣を払う女』は、明らかに後者である。
このシリーズは、重く暗い過去を背負う天才ハッカーのリスベット・サランデルと雑誌「ミレニアム」を発行している会社の共同経営者・記者のミカエル・ブルムクヴィストが、両輪となって展開していく。だが本作では、リスベットが中心となり、ミカエルの活躍の場は限られている。原作では、リスベットとミカエルがそれぞれに科学者バルデルと繋がりを持ち、共闘に発展していくが、映画のミカエルは、リスベットから協力を求められてはじめて事件に関わる。その代わりに、リスベットのハッカー仲間プレイグや、リスベットを追うNSA(アメリカ国家安全保障局)のセキュリティー管理責任者エド・ニーダムの活躍が目立つ。
今回、新たに登場するリスベットの双子の妹カミラの扱いにも違いがある。原作のカミラは、事件の裏で暗躍し、間接的にリスベットを追いつめていくが、映画の彼女は前面に出てリスベットと対峙し、終盤では直接危害を加えようとする。
さらに、リスベットのアクションが大幅に強化されている。原作では、バルデルが殺害される場面に居合わせるのはミカエルだが、映画では、リスベットが刺客と格闘する。リスベットの自宅が襲撃、爆破されたり、拉致されたバルデルの息子を救うために、彼女がカーチェイスを繰り広げるような展開は、原作にはない。
原作がシリーズものであれば、どの作品でも大胆に脚色できるというわけではないが、この映画化に関しては、条件が整っていたといえる。今回は、前作『ドラゴン・タトゥーの女』から監督もキャストも入れ替わっている。さらに、スティーグ・ラーソンが遺した三部作やそれらを映画化したスウェーデン版三部作を振り返ればわかるように、リスベットと父親との因縁や悪事を隠蔽するためにリスベットを抹殺しようとする公安警察OBとの対決は、三部までで決着し、彼女は呪縛を解かれている。だから、繋がりにそれほど制約されずに脚色ができるということもある。
本作で重要な位置を占めているのは、新たに監督に起用され、脚色も手がけたフェデ・アルバレスの世界観だ。彼は、元祖スプラッターといえるサム・ライミ監督の名作をリメイクした『死霊のはらわた』(13)と異色のスリラー『ドント・ブリーズ』(16)で頭角を現したが、グロテスクでショッキングな演出に手腕を発揮しているだけではない。
オリジナルの『死霊のはらわた』では、5人の若い男女が休暇を楽しむために山小屋を訪れ、地下室で死霊を甦らせてしまう。主人公のアッシュは、恋人や姉、友人が次々に死霊に憑依され、襲いかかってくる状況で孤軍奮闘する。これに対してリメイクでは、若者たちの目的が変わる。薬物依存症の娘ミアを更生させるために、兄のデヴィッドや友人たちが山小屋に滞在し、同じ状況に陥る。そこで、デヴィッドがアッシュのように孤軍奮闘するかに見えるが、兄妹の関係をめぐってひねりが加わる。 |