蜘蛛の巣を払う女
The Girl in the Spider's Web


2018年/アメリカ/英語/カラー/118分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:『蜘蛛の巣を払う女』劇場用パンフレット)

 

 

独自の世界とヒロイン像を作り上げた、
フェデ・アルバレスの『蜘蛛の巣を払う女』

 

 小説を映画化する場合には、大きく分けてふたつのアプローチがある。原作に忠実であることを心がけ、映像表現の可能性を追求するか、それとも原作に大胆な脚色を施し、独自の世界を切り拓くかだ。世界的ベストセラーである「ミレニアム」シリーズの第四部を映画化したこの『蜘蛛の巣を払う女』は、明らかに後者である。

 このシリーズは、重く暗い過去を背負う天才ハッカーのリスベット・サランデルと雑誌「ミレニアム」を発行している会社の共同経営者・記者のミカエル・ブルムクヴィストが、両輪となって展開していく。だが本作では、リスベットが中心となり、ミカエルの活躍の場は限られている。原作では、リスベットとミカエルがそれぞれに科学者バルデルと繋がりを持ち、共闘に発展していくが、映画のミカエルは、リスベットから協力を求められてはじめて事件に関わる。その代わりに、リスベットのハッカー仲間プレイグや、リスベットを追うNSA(アメリカ国家安全保障局)のセキュリティー管理責任者エド・ニーダムの活躍が目立つ。

 今回、新たに登場するリスベットの双子の妹カミラの扱いにも違いがある。原作のカミラは、事件の裏で暗躍し、間接的にリスベットを追いつめていくが、映画の彼女は前面に出てリスベットと対峙し、終盤では直接危害を加えようとする。

 さらに、リスベットのアクションが大幅に強化されている。原作では、バルデルが殺害される場面に居合わせるのはミカエルだが、映画では、リスベットが刺客と格闘する。リスベットの自宅が襲撃、爆破されたり、拉致されたバルデルの息子を救うために、彼女がカーチェイスを繰り広げるような展開は、原作にはない。

 原作がシリーズものであれば、どの作品でも大胆に脚色できるというわけではないが、この映画化に関しては、条件が整っていたといえる。今回は、前作『ドラゴン・タトゥーの女』から監督もキャストも入れ替わっている。さらに、スティーグ・ラーソンが遺した三部作やそれらを映画化したスウェーデン版三部作を振り返ればわかるように、リスベットと父親との因縁や悪事を隠蔽するためにリスベットを抹殺しようとする公安警察OBとの対決は、三部までで決着し、彼女は呪縛を解かれている。だから、繋がりにそれほど制約されずに脚色ができるということもある。

 本作で重要な位置を占めているのは、新たに監督に起用され、脚色も手がけたフェデ・アルバレスの世界観だ。彼は、元祖スプラッターといえるサム・ライミ監督の名作をリメイクした『死霊のはらわた』(13)と異色のスリラー『ドント・ブリーズ』(16)で頭角を現したが、グロテスクでショッキングな演出に手腕を発揮しているだけではない。

 オリジナルの『死霊のはらわた』では、5人の若い男女が休暇を楽しむために山小屋を訪れ、地下室で死霊を甦らせてしまう。主人公のアッシュは、恋人や姉、友人が次々に死霊に憑依され、襲いかかってくる状況で孤軍奮闘する。これに対してリメイクでは、若者たちの目的が変わる。薬物依存症の娘ミアを更生させるために、兄のデヴィッドや友人たちが山小屋に滞在し、同じ状況に陥る。そこで、デヴィッドがアッシュのように孤軍奮闘するかに見えるが、兄妹の関係をめぐってひねりが加わる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   フェデ・アルバレス
Fede Alvarez
脚本 ジェイ・バス、スティーヴン・ナイト
Jay Basu, Steven Knight
撮影 ペドロ・ルケ・ブリオッツォ
Pedro Luque Briozzo
編集 タティアナ・S・リーゲル
Tatiana S. Riegel
音楽 ロケ・バニョス
Roque Banos
 
◆キャスト◆
 
リスベット・サランデル   クレア・フォイ
Claire Foy
ミカエル・ブルムクヴィスト スヴェリル・グドナソン
Sverrir Gudnason
エド・ニーダム レイキース・スタンフィールド
Lakeith Stanfield
カミラ・サランデル シルヴィア・フークス
Sylvia Hoeks
フランス・バルデル スティーヴン・マーチャント
Stephen Merchant
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(配給:ソニー・ピクチャーズ
エンタテインメント)
 

 病気の母親の世話を妹に任せきりにしたことに負い目を感じているデヴィッドは、彼女を見捨てることができず、生き埋めにしてから蘇生させる方法で除霊に成功する。そして主人公が入れ替わる。結局、兄は犠牲になり、これまで薬物依存による禁断症状をどうしても克服できなかったミアが、ひとりで死霊と闘うヒロインに生まれ変わるのだ。

 『ドント・ブリーズ』では、デトロイトで金持ちの家に侵入しては盗みを繰り返す十代の男女三人組が、大金を隠し持つと噂される盲目の老人の家に押し入る。ところが、その老人は並外れた聴覚を備えた退役軍人で、しかも家には恐ろしい秘密が隠され、彼らは窮地に立たされる。この映画で老人と最後まで死闘を繰り広げるヒロイン、ロッキーには、それなりの事情がある。両親からネグレクトされ、幼い妹の面倒を見る彼女は、妹を連れて街を出るための資金を必要としていた。

 この前二作には共通点があり、アルバレス監督が、兄妹や姉妹の関係、そして何らかの重荷を背負うヒロインが、地獄をくぐり抜けることで変貌を遂げ、出口を見出す過程に強い関心を持っていることがわかる。それを踏まえるなら、本作で原作に大胆な脚色が施されているのも頷けるだろう。まさしくそのふたつの要素が引き継がれているからだ。

 映画は、まだ幼いリスベットとカミラの姉妹が、別々の道を歩むことになる経緯を物語るプロローグで幕を開ける。原作の姉妹は完全に水と油だが、プロローグの彼女たちには感情的なもつれがあるように見え、ふたりが対峙する終盤の展開の伏線になっている。

 では、プロローグで雪のなかに飛び出していったリスベットは、どんな変貌を遂げているのか。本作には、原作とは異なる「ファイヤーフォール」という世界を危険に晒すソフトウェアが盛り込まれ、アクションも強化されたことで、彼女がスーパーヒーローのようにも見える。

 そこで思い出されるのが、原作のなかで、リスベットの元後見人ホルゲル・パルムグレンが、父親の権力に対する自分の無力さに苦しむ11歳頃のリスベットを、このように表現していたことだ。

「まだそれに立ち向かえるほど成長していなかったリスベットには、エネルギーを蓄えるための隠れ家、安全な逃げ場が必要だった。そのひとつが、スーパーヒーローの世界だった。(中略)リスベットはとくに、マーベル・コミックスに登場するジャネット・ヴァン・ダインという若いヒロインに自分を重ね合わせていた」

 アルバレス監督は、そんなエピソードを意識して本作のリスベット像を作り上げたのかもしれない。

《参照/引用文献》
『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女』ダヴィド・ラーゲルクランツ●
ヘレンハルメ美穂・羽根由訳(早川書房、2015年)

(upload:2021/10/02)
 
 
《関連リンク》

ニールス・アルデン・オプレヴ
『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』 レビュー

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