ヴェトナム系アメリカ人の監督トニー・ブイの長編デビュー作『季節の中で』は、オール・ヴェトナム・ロケで、ヴェトナム人俳優がヴェトナム語で演じるアメリカ映画という画期的な作品である。
中国とヴェトナムは、それぞれに改革・開放政策、ドイ・モイ政策などによって市場経済が拡大しつつあるが、『季節の中で』は、そんな社会のなかで変化していく人間関係を独自の映像表現で浮き彫りにしている。
この映画では、病に冒され、創造への希望が失われつつある詩人と彼に情熱をよみがえらせる蓮摘みの少女、寡黙なシクロの運転手と彼が心惹かれる娼婦、ガムや雑貨を売り歩くストリート・キッズ、ヴェトナム人女性とのあいだに生まれた娘を探し歩く元米兵という、それぞれに現代のヴェトナム社会の一面を象徴する人物たちの物語が交錯しつつ、彼らはそれぞれにささやかな救いを見出していく。しかしこれは必ずしもヴェトナム社会の現実をストレートに描く作品ではない。
この映画で注目したいのは、監督、脚本を手がけたトニー・ブイがヴェトナムに向ける眼差しだ。26歳になる彼は旧サイゴンに生まれ、2歳のときに両親とアメリカに渡り、そこで成長した。そして19歳になって再びヴェトナムを訪れたときには、あまりの環境の違いに嫌悪感すらおぼえたという。しかし帰国するとその土地が忘れがたいものになり、それからも何度となく訪れ、その想いが結実したのがこの作品なのだ。そんな背景からこの作品をみると、彼がヴェトナムに目覚めるということ、それは、ヴェトナムが市場経済の発展のなかで失われつつあるのに気づくことでもある。
客を待つシクロの運転手の背後には巨大なコカコーラの看板が立ち、貧しい娼婦は豪華なホテルの内側の世界に心を奪われ、蓮摘みの少女は香水を振りまいた造花の蓮が街に出回るのを目の当たりにし、ストリート・キッズたちは電器店に並ぶテレビに映し出されるアニメに見とれる。トニー・ブイは、季節のなかで変化する自然の色と人工の色、ホテルの照明と裏通りの暗闇などの対比を通して、急変する都市のなかで失われつつあるものを見つめる。この映画のラストを彩る自然の色があまりにも美しいのは、それが二度と取り戻すことができないものでもあるからなのだ。
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