プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵
Escape from Pretoria


2020年/イギリス=オーストラリア/英語/カラー/106分/シネマスコープ
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(初出:『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』プレス&劇場用パンフレット)

 

 

“抵抗”としての脱獄を浮き彫りにする
ポリティカル・スリラー

 

[Story] 1970年代、アパルトヘイト下の南アフリカ。ティム・ジェンキン(ダニエル・ラドクリフ)とスティーブン・リー(ダニエル・ウェバー)は、白人でありながらアフリカ民族会議(ANC)に加わり、反アパルトヘイト運動を展開していた。しかし、1978年6月、爆発装置を利用してANCのチラシを街中に散布していたことで、二人は逮捕される。ティムには12年、スティーブンには8年の刑が裁判で宣告され、白人の政治犯が集まるプレトリア刑務所へと収監される。

 刑務所で毎晩、独房の鍵穴を見つめていたティムは、様々な脱獄方法を頭に描いたのち、無謀にも木片の鍵を作り脱獄することを思いつく。彼は看守の目を盗みながら鍵束をひたすら観察し、試行錯誤を繰り返しながら木鍵を作り、スティーブン、そして仲間に加わった囚人レオナールとともに脱獄の準備を進めていく。

[以下、本作のレビューになります]

 イギリス出身のフランシス・アナン監督にとって長編デビュー作となる『Escape from Pretoria』の企画は、ポリティカル・スリラーに傾倒するアナンに、プロデューサーがティム・ジェンキンの回想録『脱獄』(※日本語版は抄訳)を手渡したことから動き出した。その時点ですでにふたつの草稿が用意されていたが、彼はそれらを採用せず、自ら脚色を手がけた。

 本作を観れば、そんなアナンに大きな影響を与えたのが、ロベール・ブレッソン監督の『抵抗(レジスタンス)−死刑囚の手記より−』であることは容易に察することができるだろう。二作品にはいくつもの共通点がある。

 『抵抗〜』の主人公は、ドイツ占領下のフランスでレジスタンス活動をしていたフランス軍中尉フォンテーヌ。映画は、ドイツ軍に捕らえられた彼が刑務所に護送される場面から始まり、脱走を果たすまでが描かれる。本作も、アフリカ民族会議(ANC)のメンバーとして活動していたティムとスティーブンの逮捕と裁判が手短に描かれただけで、舞台はすぐに刑務所に移り、彼らの脱獄で幕を閉じる。

 原作には、投獄に至るまでに、南アの現実への目覚め、大学生活、ヨーロッパでのANCとの接触やメンバーとしての訓練、帰国後の活動、当局による内偵など様々なエピソードがある。脱獄後も、隣国エスワティニ王国(旧スワジランド王国)を目指して、徒歩やヒッチハイクで240km以上を移動する苦難の脱出行がつづく。アナンはそれらを潔く切り捨てている。

 どちらの作品も、主人公は捕虜や政治犯で、囚人たちには結束があり、その協力関係が脱獄の可能性を広げる。舞台が刑務所に限定されるだけでなく、主人公の視野が映像に反映され、周囲の物音も重要な要素になっている。彼らの思考はモノローグで表現される。フォンテーヌがスプーンの柄を床で研いで鑿を作り、ティムが木片から鍵を作るように、孤独な作業が克明に描き出される。やがて彼らは夜間に密かに独房を出て、その先の計画を煮詰めていく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   フランシス・アナン
Francis Annan
原作 ティム・ジェンキン
John Toll
撮影 ジェフリー・ホール
Geoffrey Hall
編集 ニック・フェントン
Nick Fenton
音楽 デヴィッド・ハーシュフェルダー
David Hirschfelder
 
◆キャスト◆
 
ティム・ジェンキン   ダニエル・ラドクリフ
Daniel Radcliffe
スティーブン・リー ダニエル・ウェバー
Daniel Webber
レオナール・フォンテーヌ マーク・レオナード・ウィンター
Mark Leonard Winter
デニス・ゴールドバーグ イアン・ハート
Ian Hart
モンゴ看守 ネイサン・ペイジ
Nathan Page
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(配給:アット エンタテインメント)
 

 そしてどちらも、脱獄の最終段階に想定外の事態が待ち受けている。『抵抗〜』では、脱獄の決行直前に、フォンテーヌの独房に少年が収容され、難しい判断を迫られるが、結果的に少年の存在が彼にとって救いとなる。本作では、最後の扉がティムたちの脱獄を阻む。そこで計画の主導者であるティムに判断を委ねていたら、彼らは引き返していたことだろう。だが、レオナールの勢いに引きずられるように脱獄を果たす。つまり、周到な計画とは異質な力が働くことによって脱獄が成し遂げられる。

 では、アナンは『抵抗〜』を参照することで、原作からどんな世界を切り拓いているのか。そのポイントになるのは、前半と終盤に挿入される主人公と政治犯の長老デニスの会話だと思えるが、分かりやすい後者から話を進めることにしたい。

 脱獄の決行を前に、ティムら3人とデニスは激しい議論を繰り広げる。政府の共犯呼ばわりされたデニスは、マンデラとともに戦ったと息巻く。これに対してティムは、木製の鍵を掲げて、「これが僕らの戦い方だ」と主張する。

 ANCは60年代に入って武力闘争も展開するようになり、デニスは、ANCの軍事部門である民族の槍(MK)の技術責任者を務めていた。その武力闘争は80年代までつづいていた。たとえば、オランダ人で、MKの白人メンバーとして活動したクラース・デ・ヨンゲは、81年の石炭液化プラントの破壊が大きな戦略的成果だったと語っている。

 ANCの過激な武力闘争からすれば、ティムやスティーブンは組織のなかで非常に小さな存在だったといえる。しかし、そんな彼らが大仕事を成し遂げる。原作には、脱獄の成功が、ANCの幹部には国際的な人質奪還となり、支配者には激しい当惑と敗北感をもたらし、刑務所の政治犯たちを元気づけたとある。ティムは、簡単に折れてしまうような木製の鍵を武器とすることで、最悪の状況を外の世界では得られない機会に変えた。本作では、刑務所をアパルトヘイトの縮図とすることで、そんな転換がスリリングに描き出される。

 しかしもちろん、ティムには最初から手段が見えていたわけではない。本作の前半で、デニスが「われわれは“良心の囚人”だ、犯罪者とは違う」と語ったとき、主人公たちは「僕らは戦争捕虜です」と答える。デニスは、それを同じことだといって取り合わないが、アナンが強い関心を持っていたのは、デニスとは違う主人公たちの心理だろう。それはモノローグだけでは伝えられない。

 アナンは今後の企画としてふたつの構想を温めている。ひとつは、カリブ系移民に対する白人の敵意が暴動に発展した1958年のイギリス・ノッティングヒル人種暴動を背景に、カリブ系の家族が騒乱に巻き込まれる物語で、もうひとつは、メキシコとの国境に近いアメリカの小さな町が、突然、麻薬カルテルや犯罪の脅威にさらされ、最前線と化すような物語だという。

 そんな構想を踏まえてみると、本作の原作に対するアナンのアプローチもより明確になる。彼が求めるポリティカル・スリラーとは、分断された世界の狭間で、極限状態に置かれた人間の言葉では説明しがたい複雑な心理や行動を、映像で掘り下げ、表現することだと思えてくるからだ。

《参照/引用文献》
『脱獄』ティム・ジェンキン●
北島義信訳(同時代社、1999年)
Never Forgotten: The Dutch Anti-Apartheid Hero, Klaas De Jonge
| New African by Femi Akomolafe ●

(Dec 2015)
Interview: Filmmaker Francis Annan On ‘Escape From Pretoria’
| thehollywoodnews.com by Ben Read●

(Mar 12, 2020)
Francis Annan Interview: Escape From Pretoria
| screenrant.com by Joe Deckelmeier●

(Mar 09, 2020)
Exclusive Interview: Francis Annan on Escape from Pretoria
| heyuguys.com by Thomas Alexander●

(Mar 6, 2020)

(upload:2021/09/23)
 
 
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