そしてどちらも、脱獄の最終段階に想定外の事態が待ち受けている。『抵抗〜』では、脱獄の決行直前に、フォンテーヌの独房に少年が収容され、難しい判断を迫られるが、結果的に少年の存在が彼にとって救いとなる。本作では、最後の扉がティムたちの脱獄を阻む。そこで計画の主導者であるティムに判断を委ねていたら、彼らは引き返していたことだろう。だが、レオナールの勢いに引きずられるように脱獄を果たす。つまり、周到な計画とは異質な力が働くことによって脱獄が成し遂げられる。
では、アナンは『抵抗〜』を参照することで、原作からどんな世界を切り拓いているのか。そのポイントになるのは、前半と終盤に挿入される主人公と政治犯の長老デニスの会話だと思えるが、分かりやすい後者から話を進めることにしたい。
脱獄の決行を前に、ティムら3人とデニスは激しい議論を繰り広げる。政府の共犯呼ばわりされたデニスは、マンデラとともに戦ったと息巻く。これに対してティムは、木製の鍵を掲げて、「これが僕らの戦い方だ」と主張する。
ANCは60年代に入って武力闘争も展開するようになり、デニスは、ANCの軍事部門である民族の槍(MK)の技術責任者を務めていた。その武力闘争は80年代までつづいていた。たとえば、オランダ人で、MKの白人メンバーとして活動したクラース・デ・ヨンゲは、81年の石炭液化プラントの破壊が大きな戦略的成果だったと語っている。
ANCの過激な武力闘争からすれば、ティムやスティーブンは組織のなかで非常に小さな存在だったといえる。しかし、そんな彼らが大仕事を成し遂げる。原作には、脱獄の成功が、ANCの幹部には国際的な人質奪還となり、支配者には激しい当惑と敗北感をもたらし、刑務所の政治犯たちを元気づけたとある。ティムは、簡単に折れてしまうような木製の鍵を武器とすることで、最悪の状況を外の世界では得られない機会に変えた。本作では、刑務所をアパルトヘイトの縮図とすることで、そんな転換がスリリングに描き出される。
しかしもちろん、ティムには最初から手段が見えていたわけではない。本作の前半で、デニスが「われわれは“良心の囚人”だ、犯罪者とは違う」と語ったとき、主人公たちは「僕らは戦争捕虜です」と答える。デニスは、それを同じことだといって取り合わないが、アナンが強い関心を持っていたのは、デニスとは違う主人公たちの心理だろう。それはモノローグだけでは伝えられない。
アナンは今後の企画としてふたつの構想を温めている。ひとつは、カリブ系移民に対する白人の敵意が暴動に発展した1958年のイギリス・ノッティングヒル人種暴動を背景に、カリブ系の家族が騒乱に巻き込まれる物語で、もうひとつは、メキシコとの国境に近いアメリカの小さな町が、突然、麻薬カルテルや犯罪の脅威にさらされ、最前線と化すような物語だという。
そんな構想を踏まえてみると、本作の原作に対するアナンのアプローチもより明確になる。彼が求めるポリティカル・スリラーとは、分断された世界の狭間で、極限状態に置かれた人間の言葉では説明しがたい複雑な心理や行動を、映像で掘り下げ、表現することだと思えてくるからだ。 |