ブラック・スキャンダル
Black Mass Black Mass (2015) on IMDb


2015年/アメリカ/カラー/123分/スコープサイズ/5.1ch
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(初出:『ブラック・スキャンダル』劇場用パンフレット)

 

 

善悪や敵味方の境界を曖昧にし、
狂気と破滅を招く“サウシー”の絆

 

[ストーリー] 1975年、サウス・ボストン。アイルランド系移民が多く住むこの地域を、人々は“サウシー”と呼ぶ。ここで“ウィンターヒル”ギャングを率いるジェームズ・バルジャーは、北ボストンのイタリア系マフィア、アンジェロ・ファミリーと抗争を繰り広げていた。

 数年ぶりにサウシーへ戻ってきたFBI捜査官のジョン・コノリーは、マフィア浄化に取り組む組織でのし上がるため、バルジャーに話を持ちかける。FBIにマフィアの情報を売らないか? 実はコノリーとバルジャー、そして彼の弟でマサチューセッツ州上院議員のビリーは、サウシーで生まれ育った幼なじみだった。

 当初は協定を拒んだものの、アンジェロ・ファミリーを叩き潰すチャンスととらえたバルジャーは、情報屋になることを決意する。“ウィンターヒル”ギャングのボスとして、ハロラン、ウィークス、フレミら部下とともに悪事に手を染める一方、恋人のリンジーと幼い息子ダグラスには精一杯の愛情を注ぐバルジャー。しかしダグラスが重い病に侵され、命を失うと、彼の狂気は歯止めが利かなくなっていく。

 『クレイジー・ハート』(09)、『ファーナス/訣別の朝』(13)のスコット・クーパー監督の新作です。物語は、ボストンの裏社会を支配し、FBIの最重要指名手配犯となった犯罪王ジェームズ・バルジャーの実話に基づいています。

[以下、レビューになります]

 実話に基づく『ブラック・スキャンダル』に登場するジェームズ・バルジャー、ジョン・コノリー、そしてバルジャーの弟ビリーという3人の主人公。彼らは、アイルランド系移民が多く暮らすサウス・ボストン、通称“サウシー”で育った幼なじみだ。この映画では、そんな地縁が彼らの運命に様々な影響を及ぼしていく。

 では、サウシーという土地で培われる地縁とはどのようなものなのか。サウシーを舞台にした映画を振り返ってみると、映像作家たちを惹きつけてきたのが、貧しく希望があるとはいえない地域で、善悪や決まりに縛られることなく喜怒哀楽を共有するような強い絆であることがわかる。具体的には、『グッド・ウィル・ハンティング』(97)、『サウス・ボストン(※ビデオ・タイトル)』(98)、『ミスティック・リバー』(03)、『ディパーテッド』(06)、『クロッシング・デイ』(08)といった作品を挙げることができる。

 そのなかでサウシーの基本といえるものを確認できるのが、『サウス・ボストン』と『クロッシング・デイ』だ。『サウス・ボストン』は、主人公ダニーが久しぶりに故郷サウシーに戻ってくるところから始まる。かつてギャングと対立したことが原因で街を離れたダニーは、堅気の道を歩もうとするが、昔の仲間や弟がギャングとの間にトラブルを抱え、彼も抗争に巻き込まれていく。実話に基づく『クロッシング・デイ』では、サウシーで育った幼なじみのブライアンとポーリーが、どん底の生活から抜け出すためにギャングになり、服役し、再び危ない橋を渡ろうとする。

 この二作品で、ギャングの支配や抗争とともに見逃せないのが、主人公と仲間の強い絆だ。同性間の社会的な絆を意味する“ホモソーシャル”という言葉があるが、サウシーでは他の地域以上に男同士のホモソーシャルな連帯関係が際立ち、主人公の運命を変えていくことになる。


◆スタッフ◆
 
監督/製作   スコット・クーパー
Scott Cooper
脚本 マーク・マルーク、ジェズ・バターワース
Mark Mallouk, Jez Butterworth
原作 ディック・レイア、ジェラード・オニール
Dick Lehr, Gerard O’Neill
撮影 マサノブ・タカヤナギ
Masanobu Takayanagi
編集 デヴィッド・ローゼンブルーム
David Rosenbloom
音楽 トム・ホルケンボルフ
Tom Holkenborg
 
◆キャスト◆
 
ジェームズ・“ホワイティ”・バルジャー   ジョニー・デップ
Johnny Depp
ジョン・コノリー ジョエル・エドガートン
Joel Edgerton
ビリー・バルジャー ベネディクト・カンバーバッチ
Benedict Cumberbatch
スティーヴン・フレミ ロリー・コクレイン
Rory Cochrane
ケヴィン・ウィークス ジェシー・プレモンス
Jesse Plemons
ジョン・モリス デヴィッド・ハーバー
David Harbour
リンジー・シル ダコタ・ジョンソン
Dakota Johnson
マリアン・コノリー ジュリアンヌ・ニコルソン
Julianne Nicholson
チャールズ・マグワイア ケヴィン・ベーコン
Kevin Bacon
フレッド・ワイシャック コリー・ストール
Corey Stoll
ブライアン・ハロラン ピーター・サースガード
Peter Sarsgaard
ロバート・フィッツパトリック アダム・スコット
Adam Scott
デボラ・ハッセー ジュノー・テンプル
Juno Temple
-
(配給:ワーナー・ブラザース映画)
 

 『グッド・ウィル・ハンティング』は、ギャングの世界とは無縁のドラマだが、そんな絆が重要な位置を占めている。サウシー育ちのウィルは、才能に恵まれた若者だが、トラウマを背負い他者に心を開くことができない。そんな彼にとって、幼なじみの仲間との強い絆は、救いであると同時に自分の問題から目を背けるための逃げ場にもなっているのだ。

 そして、この絆が逆に作用するのが、『ミスティック・リバー』だといえる。この映画はボストンの架空の地域を舞台にしているが、過去が主人公に及ぼす影響にはサウシーの世界が強く意識されている。幼なじみの3人は、少女殺人事件の被害者の父親、担当刑事、容疑者として再会する。だが、彼らは現実と向き合うのではなく、暗い過去に呪縛され、法が通用しない閉鎖的な世界のなかでさらなる悲劇を招き寄せてしまう。

 一方、『ディパーテッド』では、警察とギャングの神経戦を通してサウシーの地縁が浮き彫りにされる。ギャンクに関わる生い立ちと決別すべく警察官になったビリーが、潜入捜査官になり、ギャングのボスに育てられたコリンが、内通者として警察に送り込まれる。このふたりの主人公の人生や運命は、まさにサウシーの地縁に左右されていることになる。

 『ブラック・スキャンダル』の世界は、このようなサウシーに対する多様な視点を踏まえてみるとより興味深いものになるはずだ。

 FBI捜査官となってサウシーに戻ってきたコノリーが、バルジャーにマフィアの情報を売る話を持ちかけるのは、サウシー育ちのホモソーシャルな連帯関係があるからだ。彼はその絆を利用して、FBIで出世することを目論んでいる。そんな彼は逆にバルジャーに操られていくことになるが、なぜそこまで深みにはまってしまうのか。筆者には、彼が利用しようとした絆に彼自身がからめとられてしまったように見える。それがよくわかるのが、バルジャーを自宅に招く場面だ。コノリーは、妻よりもバルジャーとの関係を優先し、バルジャーも露骨に彼女を威圧する。そんな光景は、ホモソーシャルがミソジニー(女性嫌悪)と表裏一体の関係にあることを思い出させる。

 では、バルジャーの場合はどうか。最初はギャングとしてのプライドを持っていた彼が、一線を越えて情報提供者になるのは、損得勘定だけではなく、絆によって自己を正当化することができたからだろう。しかし、コノリーを操るために利用した絆は、彼自身の人生をも狂わせているように見える。彼は実力ではなく、FBIの保護によってボストンを支配する。だがそれは、絆に依存した帝国でしかない。だからこそ身内に不幸があるたび不安定になり、自身の姿ともいえる情報提供者に常軌を逸した行動をとり、自分を見失っていくのだ。

 一方、大学を出て、上院議員となったビリーは、サウシーの絆と距離を置こうとする。おそらくそれが危険なものであることを察しているからだろう。この映画を振り返ったときに印象深く思えるのは、バルジャーと会いたいコノリーが、まずビリーの前に現われることだ。ビリーは明らかにその再会を快く思っていないが、それでもコノリーからのメッセージを兄に伝え、そこから彼らの運命が変わっていく。ひとつの再会を機に、それぞれの主人公のなかにサウシーの少年時代の記憶が蘇るようなことがなければ、彼らは違った人生を歩んでいたのかもしれない。


(upload:2016/10/26)
 
 
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