ブラインド 視線のエロス
Blind


2014年/ノルウェー/カラー/96分/ヴィスタ
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(初出:)

 

 

視力を失い、妄想に囚われていくヒロインの孤独と葛藤
独自のスタイルが際立つノルウェーの新鋭のデビュー作

 

[ストーリー] ノルウェーの首都オスロ。元教師のイングリッドは、失明して以来すっかりアパートに引きこもり、窓辺の椅子にじっと座りながら、自分の周囲の出来事をあれこれ心の中に思い描くようになる。昼間勤めに出ているはずの夫のモートンが、実はこっそり部屋に留まり、自分をひそかに監視しているのではないか。あるいは自分に気づかれないように、別の若い女性と浮気しているのではないか――。彼女の妄想はどんどん膨らみ、加速していく。

 『ブラインド 視線のエロス』(14)は、ヨアキム・トリアー監督の作品(『リプライズ』、『オスロ、8月31日』)の脚本家としても知られるエスキル・ヴォーグツ監督の長編デビュー作だ。ノルウェーではアカデミー賞にあたる第30回アマンダ賞で、監督、主演女優賞など4部門で受賞しているほか、ベルリンやサンダンスなど、各国の映画祭でも賞に輝いている。

 ヒロインは、視力を失った元教師のイングリッド。建築事務所に勤める夫のモートンと暮らしている。失明後、ひとりで外に出ることを恐れるイングリッドは、夫が出勤したあと、アパートに閉じこもって毎日を過ごす。窓辺の椅子に座った彼女はまず、以前の記憶を頼りに周囲の世界を頭のなかに再構築する。しかし次第にそこに、様々な想像が紛れ込むようになる。アパートのどこかで物音がして、それが何の音かわからなければ、あれこれ想像してしまうのは自然なことだろう。

 この映画には、夫婦のほかに、エリンとエイナーというふたりの人物が登場する。登場するといっても、現実にではなく、イングリッドの頭のなかに、ということだが、ヴォーグツ監督は現実と幻想の境界を曖昧にしているので、しばしば現実にも見える。

 エリンは10年前にスウェーデンからオスロにやって来た女性だ。最近離婚したばかりで10歳の子供がいる。エイナーは自分がやりたいことが定まらない孤独な男性で、ポルノサイトで自分を慰めていたが、それでは満たされなくなり、現実の触れ合いを求めている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   エスキル・ヴォーグツ
Eskil Vogt
撮影 ティミオス・バカタキス
Thimios Bakatakis
編集 Jens Christian Fodstad
音楽 ヘンク・ホフステド
Henk Hofstede
 
◆キャスト◆
 
イングリッド   エレン・ドリト・ピーターセン
Ellen Dorrit Petersen
モートン ヘンリク・ラファエルソン
Henrik Rafaelsen
エリン ヴェラ・ヴィタリ
Vera Vitali
エイナー マリウス・コルベンスツゥヴェツ
Marius Kolbenstvedt
-
(配給:)
 

 この4人の登場人物の関係には、ヒロインの複雑な心理が投影されている。夫婦は子供を求めていたが、イングリッドの失明後はおそらくお互いにその話題を避けている。だから性生活もぎこちないものになる。イングリッドが自分の気持ちを伝えるためにオーラルセックスをしようとしたとき、夫は躊躇する。障害のある妻にそれをさせることに罪悪感を覚えるという推測にはリアリティがある。

 ベッドでのエピソードは、まったく違う緊張も生み出す。夫はノートパソコンで仕事に関わるメールを送ろうとする。だが、隣で横になるイングリッドは、キーボードの音を聞いているうちに、彼が若い女とエロティックなチャットをしているように思えてくる。私たちには、相手の女性がエリンであることがわかる。そんな想像に耐えられなくなった彼女は、思わず夫に肘打ちを食らわせてしまう。

 イングリッドの妄想の源には、妊娠をめぐる不安がある。そして、彼女が精神的に追いつめられることによって、4者の図式も変化する。エリンは実際にモートンと会い、ふたりは親密になりかかるが、突然、彼女の目が見えなくなり、エリンはイングリッドの嫉妬の対象ではなく、ある種の分身に変化する。モートンとエイナーは、当初は学生時代からの友人の関係にあったはずだが、終盤では同じようにエイナーがモートンの分身に近い存在になる。どんどん好色になるモートンと女性への理解を示すようになるエイナーは、ひとりの人間のふたつの顔を表しているのだろう。

 ヴォーグツ監督は、現実と幻想の境界を取り払った独自の表現を通して、不安を乗り越えようとするヒロインの孤独と葛藤を繊細かつ大胆に描き出している。


(upload:2015/02/10)
 
 
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