プライマー
Primer


2004年/アメリカ/カラー/77分/ヴィスタ/ステレオ
line
(初出:『プライマー』プレス、若干の加筆)

時間を旅する発明ともうひとりの自分=ダブルの出現が
友情と信頼で結ばれた男たちの内面を照射する心理劇

 アメリカの新鋭シェーン・カルースが監督・脚本・撮影・編集・音楽・製作・主演を手がけたデビュー作『プライマー』は、2004年のサンダンス映画祭で審査員大賞と、科学的な内容を持つ優れた作品に贈られるアルフレッド・P・スローン賞をダブル受賞した。この作品は、その世界を構成する要素のどの部分に引き寄せられるか(あるいは振り回されるか)によって、印象が大きく変わってくることだろう。

 『プライマー』の登場人物たちの台詞には、夥しい数の専門用語が散りばめられている。アメリカにおける作品評のなかには、難解な言葉を多用することによって知的で奥深いことを描いていると錯覚させる、というような批判的な意見もあった。

 だが、カルースはもととも数学や科学を学び、主人公たちと同じようにエンジニアとして働き、その経験を作品に反映しているのだから、彼らの言葉に難解なところがあっても何ら不思議ではない。これらの用語は、特殊効果を使わないこの超低予算映画における特殊効果のようなものなのだ。

 この映画では、主人公たちがタイムトラベルを繰り返すことによって時間軸が錯綜していく。さらに、もうひとりの自分=ダブルとの関係という要素も絡んでくる。そのために頭が混乱し、何が起こっていたのかを確認するためにまた見直したくなる。だが、時間軸やパラレル・ワールドが整理されれば、パズルが解けるというような映画でもない。

 この映画は、ドラマのほとんどがふたりの主人公たちの会話で占められている。にもかかわらず退屈することがないのは、それが非常に緻密で巧妙な心理劇になっているからだ。

 その心理劇は、スティーヴン・スピルバーグの初期の作品に見られたサバービアへの視点を想起させる。彼は、『激突!』の主人公のことを“ミスター・サバービア”と形容し、以下のように説明している。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/撮影/編集/音楽/製作   シェーン・カルース
Shane Carruth
製作 デイヴィッド・サリヴァン
David Sullivan
撮影 アナンダ・アダヤヤ
Ananda Upadhyaya
 
◆キャスト◆
 
アーロン   シェーン・カルース
Shane Carruth
エイブ デイヴィッド・サリヴァン
David Sullivan
ロバート ケイシー・グッデン
Casey Gooden
カーラ キャリー・クロフォード
Carrie Crawford
フィリップ アナンダ・アダヤヤ
Ananda Upadhyaya
レイチェル サマンサ・トムソン
Samantha Thomson
トーマス・グレンジャー チップ・カルース
Chip Carruth
-
(配給:バップ=ロングライド)
 

『激突!』のヒーローは、現代的な郊外生活に埋没した典型的な中流の下のほうにいるアメリカ人だ。(中略)彼は、テレビが壊れて修理屋を呼ぶといったことより難しい挑戦に応じることはいっさい望まないような男だ」(“The Steven Spielberg Story”より引用)。

 そんな主人公は、最初は自分を標的にする不気味なタンクローリーに怯えるが、緊迫した状況のなかで個人に立ち返り、奇妙な刺激を覚えている。

 『プライマー』の世界は、そのような視点や発想にさらに複雑なひねりを加え、人物の内面を掘り下げていくしっかりとした脚本に支えられている。ふたりの主人公の性格は対照的だ。アーロンは、サバービアに妻子と暮らし、自宅のガレージを仲間たちに提供し、出資者に振り回されても、仲間が勝手な要求をしてきても、苛立ちを抑え、対立を避けようとする。まさに“ミスター・サバービア”といえる。一方、独身のエイブは、アーロンと協調しているように見えるが、実はかなりの野心家で計算高い。そんなふたりの駆け引きは非常に興味深い。

 彼らのタイムトラベルは、「固い友情と信頼の確認」から始まったはずだった。だが、アーロンの性格を熟知しているエイブは、「箱」の可能性に気づいたときから、相棒よりも常に先回りをしている。

 ウィーブルに意志があればというヒントを出し、アーロンが大きな「箱」を作ることを思いつくと、自分ではなく彼の意見であることを強調する。そして、アーロンが場所探しを提案するときには、すでにそこは倉庫の前であり、「箱」が準備されているばかりか実際に稼動している。そんなふうにしてエイブは、想定済みの未来にアーロンを誘導していく。しかも非常の場合まで考慮して…。

 しかしやがて、彼らの関係は逆転する。エイブが知らないうちに今度はアーロンが先回りをしているのだ。サバービアで開かれるホームパーティに内心辟易していたであろう彼は、そこにヒーローになる機会と刺激を見出し、エイブを無視して暴走を始める。ふたりの会話を録音したテープから流れる「固い友情と信頼の確認」という言葉には、二重の皮肉がある。

 だが、ドラマは彼らの関係の破綻だけでは終わらない。パーティでヒーローになるアーロン、すなわち「箱」によって暴き出された彼を、もうひとりのアーロンが見つめている。そして、すべてを知るアーロンは、そんな自分と決別する。この映画の結末を覚醒や解放と見るか、それとも崩壊や絶望と見るか、その解釈は観る者に委ねられている。

《参照/引用文献》
“The Steven Spielberg Story : The Man behind the Movies” by Tony Crawley●
(Quill, 1983)

(upload:2010/09/17)
 
 
《関連リンク》
サバービアの憂鬱 ■
スティーヴン・スピルバーグ01――郊外住宅地の夜空に飛来するUFO ■
スティーヴン・スピルバーグ02――偽りの世界としてのサバービア/アメリカ ■

 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp