「『激突!』のヒーローは、現代的な郊外生活に埋没した典型的な中流の下のほうにいるアメリカ人だ。(中略)彼は、テレビが壊れて修理屋を呼ぶといったことより難しい挑戦に応じることはいっさい望まないような男だ」(“The Steven Spielberg Story”より引用)。
そんな主人公は、最初は自分を標的にする不気味なタンクローリーに怯えるが、緊迫した状況のなかで個人に立ち返り、奇妙な刺激を覚えている。
『プライマー』の世界は、そのような視点や発想にさらに複雑なひねりを加え、人物の内面を掘り下げていくしっかりとした脚本に支えられている。ふたりの主人公の性格は対照的だ。アーロンは、サバービアに妻子と暮らし、自宅のガレージを仲間たちに提供し、出資者に振り回されても、仲間が勝手な要求をしてきても、苛立ちを抑え、対立を避けようとする。まさに“ミスター・サバービア”といえる。一方、独身のエイブは、アーロンと協調しているように見えるが、実はかなりの野心家で計算高い。そんなふたりの駆け引きは非常に興味深い。
彼らのタイムトラベルは、「固い友情と信頼の確認」から始まったはずだった。だが、アーロンの性格を熟知しているエイブは、「箱」の可能性に気づいたときから、相棒よりも常に先回りをしている。
ウィーブルに意志があればというヒントを出し、アーロンが大きな「箱」を作ることを思いつくと、自分ではなく彼の意見であることを強調する。そして、アーロンが場所探しを提案するときには、すでにそこは倉庫の前であり、「箱」が準備されているばかりか実際に稼動している。そんなふうにしてエイブは、想定済みの未来にアーロンを誘導していく。しかも非常の場合まで考慮して…。
しかしやがて、彼らの関係は逆転する。エイブが知らないうちに今度はアーロンが先回りをしているのだ。サバービアで開かれるホームパーティに内心辟易していたであろう彼は、そこにヒーローになる機会と刺激を見出し、エイブを無視して暴走を始める。ふたりの会話を録音したテープから流れる「固い友情と信頼の確認」という言葉には、二重の皮肉がある。
だが、ドラマは彼らの関係の破綻だけでは終わらない。パーティでヒーローになるアーロン、すなわち「箱」によって暴き出された彼を、もうひとりのアーロンが見つめている。そして、すべてを知るアーロンは、そんな自分と決別する。この映画の結末を覚醒や解放と見るか、それとも崩壊や絶望と見るか、その解釈は観る者に委ねられている。 |