パーマネント野ばら


2010年/日本/カラー/100分/ヴィスタ/ドルビーSR
line
(初出:未発表)

一方的に見えた関係は鮮やかに変化し
深い痛みと優しさが浮かび上がる

 西原理恵子の同名漫画を映画化した『パーマネント野ばら』は、吉田大八にとって3本目の監督作となる。吉田監督の3作品にはいずれも原作があり、オリジナル脚本ではないが、それらを対比してみると、彼が共通するテーマに関心を持ち、掘り下げていることがわかる。

■■『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』における姉妹の関係■■

 デビュー作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』では、4年ぶりに北陸の田舎町に帰郷した女優志望の姉・澄伽が、妹の清深を徹底的に痛めつける。そんな姉の行動も、事情が見えてくればわからないでもない。妹は姉の恥を漫画にして投稿し、新人賞を受賞し、それが町中に知れ渡ることになったのだ。

 しかし、姉妹の関係はそれほど単純ではない。実は姉は、極端に自己中心的な性格が災いして事務所を解雇され、取立て屋にも追われている。にもかかわらず、都合の悪いことはすべて妹のせいにする。責任を転嫁するために妹を必要としているのだ。

 一方、姉の執拗な攻撃に耐える妹の姿は哀れに見えるが、実は彼女は、姉が傲慢で邪悪になればなるほど創作意欲をかき立てられる。つまり、彼女たちは互いに依存しているのだ。

■■『クヒオ大佐』における詐欺師と女たちの関係■■

 2作目の『クヒオ大佐』では、似非アメリカ人の結婚詐欺師クヒオ大佐と彼のターゲットとなる3人の女たちの関係が描かれる。その3人とは、弁当屋を営む永野しのぶ、博物館学芸員の浅岡春、クラブのホステスの須藤未知子だ。


◆スタッフ◆
 
監督   吉田大八
原作 西原理恵子
脚本 奥寺佐渡子
撮影 近藤龍人
編集 岡田久美
音楽 福原まり
 
◆キャスト◆
 
なおこ   菅野美穂
みっちゃん 小池栄子
ともちゃん 池脇千鶴
まさ子 夏木マリ
カズオ 宇崎竜童
ヒサシ 加藤虎之助
ユウジ 山本浩司
カシマ 江口洋介
もも 畠山紬
-
(配給:ショウゲート)
 
 
 
 
 

 詐欺師が主人公の映画であれば、そこには騙す者と騙される者の関係が描かれるはずだが、実際にはそんな関係は映画のごく一部を占めているに過ぎない。

 ホステスの未知子は、すぐにクヒオが詐欺師だと見抜くが、気づかぬふりをして逆に彼を利用しようとする。最初はクヒオにあまり関心を示さなかった学芸員の春が彼になびくのは、職場で不愉快で不毛な三角関係に巻き込まれた腹癒せと見るべきだろう。

 献身的なしのぶは、最初は確かに騙されているが、クヒオが期待する以上に軍人の世界について勉強した結果、どこかで彼の正体に気づいていたように見える。彼女は、詐欺師ではなく人間としての彼を好きになっているのだろう。というように、クヒオと女たちの間には、それぞれに目的は違うが、お互いに依存する関係がある。

 一見したところでは一方的な関係に見えながら、実はお互いに相手を必要としていて関係が成立している。吉田監督が関心を持っているのはそういう関係であり、実際、一方的に見える関係には、しばしば依存しあうような関係が潜んでいるものだ。

■■『パーマネント野ばら』におけるなおこと親友たちの関係■■

 そして、新作の『パーマネント野ばら』にも、依存しあう関係がある。但し、その関係が意味するものは、前2作とはまったく違う。吉田監督は、より深く繊細な感情を炙り出している。

 映画の舞台は地方にある海辺の田舎町だ。離婚して一人娘のももを連れて故郷に戻ってきたヒロインのなおこは、母親のまさ子が営む町で一軒だけの美容室を手伝っている。そのまさ子の夫のカズオは、外に作った女の家に入り浸っている。なおこを取り巻く女たちはみな男で苦労し、美容室は、彼女たちが愚痴をこぼし、鬱憤を吐き出すための集会所にもなっている。

 なおこには、みっちゃんとともちゃんという親友がいる。フィリピンパブを経営しているみっちゃんは、店の女の子に平気で手を出し、金の無心ばかりする夫のヒサシに振り回されている。そんな彼女は、ラブホテルから出てきた夫の浮気相手を車で轢き殺そうとして、自分が病院に運ばれることになる。ともちゃんは絶望的に男運が悪く、ダメ男から散々な仕打ちを受けてきた。現在の夫は、ギャンブルで借金を作り、行方をくらましている。どちらも悲惨である。

 一方、なおこ自身には、高校教師のカシマという交際相手がいて、彼女は、自分の娘や親友たちの目を避けるようにしてデートを重ねている。

 そんなドラマからは、様々なかたちで鬱憤を吐き出するみっちゃんやともちゃんと、それを受け止めるなおこという一方的な関係が浮かび上がってくる。しかし、次第になおこの世界が揺らぎだし、一方的な関係が大きく変化する。みっちゃんやともちゃんもまた、なおこを受け止めているということだ。彼女たちはお互いを必要としているが、その関係は前2作とは違う。前2作では、あくまで個人それぞれの事情や欲望によって関係が成立していたが、この映画では、双方の間に深い共感がある。

 病院に運ばれたみっちゃんはなおこにこう語る。「どんな恋でもないよりましやき…好きな男がおらんなるゆうて、うちは我慢できのよ」。夫のユウジを亡くしたともちゃんはなおこにこう語る。「人は二度死ぬがやと。人の心の中におらんようになったら、いよいよ最後やと。今度こそ、本当に死ぬ」。そして、なおこの世界が明らかになっていくとき、そんな親友たちの言葉が、実はなおこの心の声でもあったことに気づく。だから、彼女たちの関係からは、深い痛みと優しさが浮かび上がってくる。

 この映画はそれだけで十分に感動的だが、そんな優しさで物語を締め括るわけではない。ラストで、ふたりの親友となおこの決定的な違いが鮮明になる。それは、なおこが母親でもあるということだ。


(upload:2010/05/22)
 
 
《関連リンク》
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』レビュー ■
『クヒオ大佐』レビュー ■

 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp