吉田大八監督の『クヒオ大佐』の主人公は、ジョナサン・エリザベス・クヒオ。つけ鼻をしてアメリカ海軍のパイロットに成りすまし、大法螺を吹いて女たちを騙す結婚詐欺師だ。彼は、弁当屋を営む永野しのぶ、博物館学芸員の浅岡春、クラブのホステスの須藤未知子という3人の女たちをターゲットに選び、おいしい話を持ちかける。
主人公のモデルになった本物のクヒオ大佐は、1億円も騙し取った稀代の詐欺師らしいが、映画に登場するクヒオ大佐は、明らかに二流の詐欺師だ。吉田監督が関心を持っているのは、騙す者と騙される者が繰り広げるドラマではない。
デビュー作の『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』に描かれた姉妹の関係を思い出してみれば、吉田監督が関心を持っているのがどんな関係であるのかがよくわかる。
姉は妹を徹底的に痛めつける。かつて妹に自分の恥を漫画にされ、それが新人賞を受賞して町中に知れ渡ってしまったからだ。しかし、姉妹の間にあるのは、単に恨みに根ざした一方的な関係ではない。姉は、自分に都合の悪いことを押しつけるために妹を必要としている。妹の方も、姉が邪悪になればなるほど創作意欲をかきたてられる。
吉田監督がこの『クヒオ大佐』で掘り下げているのも、一方的に騙すような関係ではなく、相互に依存しあう関係だといえる。突き詰めれば、女たちは騙されるのではなく、それぞれの事情で彼を必要とするのだ。
ホステスの未知子は、クヒオが差し出した名刺などから彼が詐欺師だと早々と見抜くが、それを表に出したりはしない。自分の店を持つために資金を必要としている彼女は、気づかぬふりをして逆に彼を利用しようとする。
最初はクヒオにあまり関心を示さなかった学芸員の春が彼になびくのは、職場の人間関係のせいだ。別れた男と女友達ともつまらない三角関係に巻き込まれて苛立つ彼女は、その腹癒せでクヒオに接近する。
献身的なしのぶは、最初は確かに騙されている。だが、クヒオが押しつける『沈黙の艦隊』を熟読するだけではなく、彼が期待する以上に軍人の世界について勉強した結果、彼の正体に気づいていたように見える。おそらく彼女は、詐欺師ではなく人間としてのクヒオを好きになっているのだろう。
この映画のプロローグでは、湾岸戦争における日本の資金協力をめぐる駆け引きが描かれるため、最初は、クヒオと女たちの関係がアメリカと日本のそれに重なる。だが、アメリカにとらわれ、コンプレックスを持っているのが、むしろクヒオその人であることが最後に明らかになるのだ。 |