老人の欲望を探るベントンの“回春三部作”
――『ノーバディーズ・フール』『トワイライト』『白いカラス』をめぐって


ノーバディーズ・フール/Nobody’s Fool――――― 1994年/アメリカ/カラー/110分/ヴィスタ/ドルビーSR
トワイライト/Twilight――――――――――――― 1998年/アメリカ/カラー/94分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
白いカラス/The Human Stain――――――――― 2003年/アメリカ/カラー/108分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
line
(初出:『白いカラス』劇場用パンフレット、若干の加筆)


 ロバート・ベントン監督は、『白いカラス』の前の2作品である『ノーバディーズ・フール』(94)と『トワイライト』(98)で、ポール・ニューマンを主演に迎え、人生の盛りを過ぎた人物の物語を描いている。

 『ノーバディーズ・フール』の主人公サリーは、ニューヨーク州の田舎町に暮らす60歳の土木作業員。遠い昔に家族を捨て、学生時代の恩師だった老女の家に下宿している。近所に住むかつての妻とは顔も合わせず、すでに結婚して子供もいる息子とも音信不通で、過去を封印して生きている。頑固で口は悪いが、憎めないところもあり、老女や仕事の相棒からは頼りにされている。

 『トワイライト』の主人公ハリーは、元ロス市警の刑事で、退職後は私立探偵をしていた。ところが2年前に、駆け落ちした娘を連れ戻そうとして、動転した彼女に脚を撃たれてしまう。その娘は、ハリウッド・スターのカップルで、ハリーの友人であるジャックとキャサリンの子女で、その事件をきっかけに彼は夫妻の豪邸の居候となり、便利屋として生活している。

 ふたりの主人公は、同じような毎日の繰り返しのなかで老いていこうとしている。ところが、そこに様々な出来事が起こり、彼らの人生は大きく変化していく。

 サリーは、仕事中の怪我をめぐって雇い主で友人のカールと裁判で争い、また、息子と久しぶりに再会し、失業した彼や孫の面倒を見ることになる。ハリーは、過去のスキャンダルをネタに脅迫されているジャックの頼みで、金の運び屋を引き受けたことから、トラブルに巻き込まれる。

 そして、そうした出来事のなかでも特に注目しておかなければならないのが、主人公と女性との関係だ。サリーは、カールと争う一方で、彼の妻トビーと顔を合わせるたびに彼女を誘惑し、夫の浮気に悩まされつづけている彼女も、次第に心が揺れだす。

 殺人事件に巻き込まれたハリーは、ジャックの妻キャサリンが事件に関係していることを確信するが、真相を解き明かすかわりに、彼女と関係を持ってしまう。さらにこの映画の場合には、性の欲望を強調するために、ユーモラスなエピソードが盛り込まれている。ロス市警のかつての同僚たちは、ハリーが2年前に脚ではなく股間を撃たれたと誤解し、口には出さずに密かに彼に同情しているのだ。

 ベントン監督は以前、あるインタビューで、この2本の作品について、年の行った人物が、親友の妻に恋をしてしまうことに興味を覚えたというように語っていた。老いつつあるサリーとハリーのなかに甦る性の欲望は、彼らが変化し、これまでとは異なる人生を歩みだす原動力ともなるのだ。

 そして、新作『白いカラス』にも、そんな2作品を引き継ぐような図式がある。主人公コールマン・シルクは、ユダヤ人で初めて古典学の教授となり、さらに学部長として大胆な改革を行い、三流大学を一流に変えた立役者だったが、講義中に発した一言ですべてを失う。

 彼は、欠席が続く二人の学生について、「彼らは幽霊(spook)なのかな?」と発言した。ところが、学生がたまたま黒人だったために、その言葉が差別的な表現ととられ、抗議の声が上がり、教授会で糾弾される。激怒した彼は大学を辞め、妻は心労がたたってあっけなくこの世を去ってしまう。

 孤立するコールマンは、ふたりの人物に出会い、その関係を通して彼の秘密が次第に明らかになっていく。ひとりは、この物語の語り手で、コールマンによって隠遁生活から引きずり出され、友人となる作家のネイサン。もうひとりは、71歳の元教授にとって最後の恋の相手となる34歳のフォーニア。義父の性的虐待、ベトナム帰還兵の夫の暴力、子供の事故死という悲惨な過去を背負う彼女は、執拗につきまとう夫に脅かされながら、清掃の仕事で生計を立てている。


 
―ノーバディーズ・フール―

◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ロバート・ベントン
Robert Benton
原作 リチャード・ルッソ
Richard Russo
撮影 ジョン・ベイリー
John Bailey
編集 ジョン・ブルーム
John Bloom
音響 ハワード・ショア
Howard Shore

◆キャスト◆

サリー・サリヴァン   ポール・ニューマン
Paul Newman
ミス・ベリル ジェシカ・タンディ
Jessica Tandy
カール・ローバック ブルース・ウィリス
Bruce Willis
トビー・ローバック メラニー・グリフィス
Melanie Griffith
ピーター・サリヴァン ディラン・ウォルシュ
Dylan Walsh
警官レイマー フィリップ・シーモア・ホフマン
Philip Seymour Hoffman
(配給:松竹富士=ケイエスエス)
 
 
―トワイライト―


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ロバート・ベントン
Robert Benton
脚本 リチャード・ルッソ
Richard Russo
撮影 ピョートル・ソボチンスキー
Piotr Sobocinski
編集 キャロル・リトルトン
Carol Littleton
音楽 エルマー・バーンスタイン
Elmer Bernstein

◆キャスト◆

ハリー・ロス   ポール・ニューマン
Paul Newman
キャサリン・エイムズ スーザン・サランドン
Susan Sarandon
ジャック・エイムズ ジーン・ハックマン
Gene Hackman
ヴァーナ・ホランダー ストッカード・チャニング
Stockard Channing
メル・エイムズ リース・ウィザースプーン
Reese Witherspoon
レイモンド・ホープ ジェームズ・ガーナー
James Garner
リューベン・エスコバル ジャンカルロ・エスポジート
Giancarlo Esposito
ジェフ・ウィリス リーヴ・シュレイバー
Liev Schreiber
(配給:劇場未公開)

 
―白いカラス―

※スタッフ、キャストは
『白いカラス』レビュー
を参照のこと
 

 

 
 
 

 しかしこの映画では、共通する題材がさらに深く、しかも2作品とは異なるスタイルで掘り下げられている。筆者が思い出したのは、ベントン監督の代表作の1本である『プレイス・イン・ザ・ハート』(84)のことだ。

 1935年、大恐慌の時代のテキサスを舞台にしたこの映画では、フィドルやバンジョーをフィーチャーしたブルーグラスとフォークダンスが、実に効果的に盛り込まれ、男と女や母と息子の関係の変化を際立たせていた。『白いカラス』では、そんなセンスがより洗練され、ドラマを奥深いものにしている。

 この映画には、音楽とダンスがドラマと絡む3つの場面がある。最初は、コールマンとネイサンが<チーク・トゥ・チーク>に合わせて踊り、ミュージカル映画『トップ・ハット』(35)のフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースを再現する場面だ。

 ネイサンは、コールマンに恋人ができ、バイアグラによって性の喜びが甦ったために、彼が興奮しているのだと思う。しかし本当はそれだけではない。彼のなかには、50年前の恋がありありと甦り、天にも上る気持ちになっているのだ。

 しかし、過去が甦ることは喜びだけではすまない。それが、踊るフォーニアを見つめる現在のコールマンと踊るスティーナを見つめる過去の彼との対比に現われている。過去の場面に流れるのは艶やかなアルト・サックスをフィーチャーした<デイ・ドリーム>で、その体験は彼にとってまさに“白日夢”だった。一方、現代に流れるのは<クライ・ミー・ア・リヴァー>で、むせぶクラリネットが喪失の深い哀しみを歌ったこの曲の歌詞を想起させる。

 だが彼は、その哀しみに流されはしない。家族と血を否定し、幽霊となったコールマンは、自分の足跡をあらためてたどり、彼とは逆に家族から拒絶され、人間の血すら否定するフォーニアの前にすべてをさらけ出すことによって、もう一度人間になろうとするのだ。

 また、この物語の語り手がネイサンであることにも重要な意味がある。彼は、「男の過ちは常にセックス絡み」という表層的な現実にとらわれ、コールマンが暗示する“何か”を見抜くことができない。そんな彼は、真相を知ったとき、表層にとらわれない作家としての想像力が試されていたことに気づき、想像力によって自己を否定する隠遁生活から本当の意味で抜けだし、新たな人生を歩みだすのである。


(upload:2012/06/11)
 
《関連リンク》
『白いカラス』 レビュー ■
画一的な制度と豊かな想像力の狭間で
――『白いカラス』と『カーサ・エスペランサ』をめぐって
■

 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp