ウェブ文明論 / 池田純一


2013年/新潮社
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(初出:産経新聞2013年8月4日、若干の加筆)

ウェブ時代のアメリカ
多様な社会との結びつき

 司馬遼太郎は1985年にカリフォルニアと東海岸を旅し、『アメリカ素描』にまとめた。本書の出発点はウェブ時代を念頭に置いたこのアメリカ紀行の更新にある。著者は司馬と同じように、アメリカが人工国家であり多民族国家であることに徹底的にこだわり、普遍的な文明としてのウェブを浮き彫りにしていく。

 本書の内容は大きく二つに分けられ、前半では地域的な多様性や経済の仕組みなど社会の基盤が明らかにされる。そこで鍵を握るのが州と連邦の二重構造だ。たとえば、著者がコンピュータ文化と基盤を共有すると考える東海岸を中心に形成された法文化や、鉄道網、電力網、電話網によってアメリカの中心となってきたワシントンDCは、統合へと向かう力を放ち続ける。

 しかしこれに、多民族国家の縮図ともいえるニューヨークや大手ハイテク企業群を擁する保守の牙城テキサスといった地域が対抗する。議会図書館のデジタル所蔵プロジェクトに対して、民間でGoogle Booksのような図書館所蔵本のデジタル化が進められる。

 さらにNPC(non-profit company)のようなチャリティの習慣に根ざしたマネーの還流システムも見逃せない。「連邦政府から見れば、連邦の中に州とは別に一種の経済的な自由領邦を認めるようなもの」であるからだ。

 一方、後半では社会とウェブの関係の変化が具体的に列挙される。そこでは、多様な基盤に支えられた社会の有り様がウェブに投影され、ウェブの変容が今度は社会に逆照射されることで双方が密接に結びついていく。

 その端的な例がオバマを勝利に導いた大統領選だろう。2008年の選挙では、ソーシャルネットワークが支持者を組織化するツールとして活用された。さらに2012年の選挙でも、キャンペーンに関わる活動や情報が一望できるアプリケーションによって、有権者の変容に合わせた選挙戦を展開することが可能になったという。

 では、日本ではウェブが技術ではなく普遍的な文明としてどこまで受容されているのか。本書を読めばそのことを考えざるを得なくなるだろう。

 

 


◆目次◆

はじめに   21世紀の『アメリカ素描』
   
第1部 都市と大陸 cities across the continent
01. コードが支える大陸の夢
02. 西洋文明の継承者――ワシントンDC
03. 市場の潜在性を畳み込んだ街――ニューヨーク
04. 千客万来の人工空間――ヒューストン
05. 声と音の連続性――ニューオリンズ
06. 最初の摩天楼都市――シカゴ
07. 収束と拡散のモメンタム
   
第2部 エンタプライズとイノベーション enterprises for innovation
08. フィランソロピック・エコシステム
09. ファンダムとファンドレイジング
10. マネーとテクノロジーの結合
11. ジョブズ工房の終わり
12. 技術と人文の架橋
13. ハッカー王国の誕生
14. 宇宙を見上げる起業家たち
   
転回T transit I
15. インターフェイスデザインの時代
   
第3部 メディアと歴史 media in the history
16. ガレージからキッチンへ
17. ニューヨーク2.0への賭け
18. ギークはロックスター
19. タイタニックとネットワークされた世界
20. 時流と共生するブロードウェイ
21. 自然史のアーカイブ
22. レシピという通貨
   
転回U transit II
23. 9.11レポートの試み
24. 二つのネットワーク
   
第4部 政治とコミュニケーション politics through communications
25. ソーシャルゲームと化した選挙戦
26. パレードに集まる穏やかな群衆
27. スケーラブルなリパブリック
28. 記憶に転じるタイムライン
29. ミームが編み上げる大統領選
   
おわりに イノベーションの起こる場所
  あとがき

◆著者プロフィール◆

池田純一
1965年生まれ。FERMAT lnc.代表。コンサルタント、Design Thinker。コロンビア大学大学院公共政策・経営学修了(MPA)、早稲田大学大学院理工学研究科修了(情報数理工学)。電通総研、電通を経て、メディア・コミュニケーション分野を専門とするFERMAT lnc.を設立。著書に『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』、『デザインするテクノロジー』。


 


(upload:2013/08/26)
 
 
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