毎回クラシックの新譜CDから一点を選び、作曲家や作品の背景を探り、さらには時代まで見通してしまおうという狙いを持った『レコード芸術』誌の連載をまとめた単行本である。
そのラインナップには、近現代と日本人の音楽家への強いこだわりが反映されている。筆者は必ずしもクラシックの熱心なリスナーとはいえないが、それでも本書に引き込まれてしまうのは、膨大な知識に裏打ちされた切り口や語り口がユニークであるからだけではなく、日本人であれば本来避けて通れないはずの課題が掘り下げられているからだ。
東洋と西洋の間にある壁はいかにして乗り越えられるのか。山田和男(一雄)と柴田南雄は、マーラーを媒介として、あるがままの日本と欧米を繋ぎ、武満徹は、西洋管弦楽の響きを通過してはじめて、理想の音響体としての雅楽を再発見した。佐藤聰明は、西洋の二元論とは異質な一元論的な思想に根ざした沈黙の美学を生み出し、石田秀実は、古代中国の医学思想に由来する三分法によって二元論を克服しようとし、高橋悠治は、楽譜によって形式化される以前の東洋の音楽のありようを甦らせた。
さらに、日本の戦後にいかなる世界観と未来を切り開くのかという課題もある。黛敏郎は米国に、芥川也寸志はソ連に、團伊玖磨は中国に注目した。三善晃は、戦争で亡くなった同世代の子供たちにこだわり、断絶に集約される世界を創造した。
本書からはそうした様々な音楽を通して、日本的、東洋的な時代精神が鮮やかに浮かび上がってくる。 |