ハル・ベリー
Halle Berry


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(初出:「English Journal」2004年11月号、若干の加筆)

人種問題を体現し、乗り越えていくヒロイン

 ハル・ベリーは、黒人監督スパイク・リーの『ジャングル・フィーバー』(91)で麻薬中毒者を演じ、劇映画デビューを飾った。その出番は決して多くはないが、彼女が、黒人と白人の恋愛と対立を描くこの映画でデビューしたことは、いまから振り返ってみるととても象徴的なことのように思える。

 ベリーは、1966年に黒人の父親と白人の母親の間に生まれ、彼女が4歳の時に両親が離婚し、その後は母親の手で育てられた。そんな彼女はデビュー以後、娯楽作品でセクシーな魅力を発揮する一方で、黒人と白人の間にある溝を描く作品に出演し、頭角を現した。

 『代理人』(95)では、ゴミ捨て場に放置された黒人の赤ん坊を養子にした白人の母親と、麻薬中毒から更生し、親権を取り戻そうとする黒人の母親の争いが浮き彫りにされる。

 96年のカリフォルニア州予備選挙をめぐるドラマを通して、アメリカ社会を痛烈に風刺する『ブルワース』(98)は、当時の状況がわかると主人公の男女の関係が興味深く思えてくるはずだ。96年の大統領選では、都市と郊外の力関係に決定的な変化が起こった。これまで民主党は、都市のリベラルやマイノリティを支持基盤としてきたが、クリントンはその都市を無視し、郊外の有権者をターゲットにすることで再選を果した。この映画では、クリントンの対抗馬である民主党上院議員ブルワースが、ひょんなことから大都市ロスの見捨てられた黒人の世界に迷い込むのだが、そこで彼に知恵と力を与え、真実に導く守護天使となるのが、ベリー扮するニーナなのだ。


   《データ》
1991 『ジャングル・フィーバー』

1995 『代理人』

1996 『ガール6』

1998 『ブルワース』

1999 『アカデミー 栄光と悲劇』(TV)

2000 『X-メン』

2001 『チョコレート』

2003 『X-メン2』
『ゴシカ』

2004 『キャットウーマン』

(注:これは厳密なフィルモグラフィーではなく、本論で言及した作品のリストです)


 そして、彼女の女優としての地位を不動のものにするのが『チョコレート』(01)だ。アメリカ南部を舞台にしたこの映画では、死刑囚の夫と息子を相次いで失った黒人女性レティシアと、息子を自殺に追いやったことで価値観が揺らぐ人種差別主義者ハンクの間に、絆が芽生えていく。ベリーは、喪失の苦悩を背負い、愛に飢えたヒロインを熱演し、アカデミー賞で黒人初の最優秀主演女優賞に輝いた。

 このアカデミー賞に至る道程を振り返ってみて、『ジャングル・フィーバー』とともにもう1本、象徴的だと思えるのが、ベリーが本人としてカメオ出演しているスパイク・リーの『ガール6』(96)だ。女優になるために苦闘する黒人女性の幻想と現実を描くこの映画のラストには、ハリウッドのウォーク・オブ・フェイムに刻まれたドロシー・ダンドリッジの名前が浮かび上がる。

 ダンドリッジは、50年代に黒人女性で初めてアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされた女優・シンガーだ。ベリーは、尊敬する人物として彼女の名前を繰り返し上げ、その生涯を描いたTV映画『アカデミー 栄光と悲劇』(99)ではヒロインを熱演するだけでなく、製作総指揮も手がけている。彼女が『チョコレート』で栄冠を手にすることは、ダンドリッジが果たせなかった夢を叶えることでもあったわけだ。

 そして、最近のベリーの出演作では、これまでの彼女の関心や方向性がより広がりを持ち、発展しつつあるように見える。

 突然変異によって超人的なパワーを持ったミュータントと人間の対立と共存への茨の道を描く“X-メン”シリーズは、『X-メン』(00)がホロコーストのシーンから始まり、『X-メン2』(03)の冒頭では、「我々は友だちであって、敵であってはならない」というリンカーンの大統領就任演説が紹介されるように、現実の人種差別の問題と深く結びついている。

 森の中にある女子刑務所精神科病棟を舞台にした『ゴシカ』(03)は、ヒロインの精神科医ミランダが少女の霊にとり憑かれていくゴシック・ホラーであると同時に、彼女が偽りの世界の中で真実に目覚めていく女性映画にもなっている。最新作の『キャットウーマン』(04)は未見だが、ここでヒロインの名前に注目しておいてもよいだろう。彼女の名前はペイシェンス(Patience)。巨大な化粧品会社で忍耐を強いられる彼女が、キャットウーマンになることによって何に目覚めるのか注目したい。



(upload:2009/06/28)
 
 
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