柳町光男インタビュー
Interview with Mitsuo Yanagimachi


2005年11月 銀座
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(初出:「キネマ旬報」2006年1月下旬号、若干の加筆)

 

 

見えるものと見えないもの
一線を越える者と止まる者を隔てる境界

 

 柳町光男監督にとって10年振りの新作となる『カミュなんて知らない』は、ふたつの関心(あるいは経験)が映画の出発点となっている。ひとつは彼が、早稲田大学で3年間、<映像ワークショップ>という講義を行ったことだ。その講義には、映画の製作も含まれている。

「僕も普通の大人と同じように、大学で教えるまでは、若者と付き合うことはなかったわけです。いまの若者は、何も考えてないとか、無反応で幽霊みたいに生きてるとか言われてますよね。実際、大学で学生と接するようになったら、確かに最初はそうだったんですけど、映画を作るということで、監督とか撮影などの役割を与えると、だんだん元気になってくる。責任を持ったり、意見を言うようになる。僕らの学生時代のような雰囲気が出てくる。それで、こいつらを主役に据えたら、けっこう面白い青春映画ができるんじゃないかな、というのがまずありましたね」

 もうひとつの関心は、2000年に愛知県豊川市で17歳の少年が起こした主婦殺害事件だ。主人公の学生たちが作る映画の題材はこの事件であり、『タイクツな殺人者』というタイトルは、事件を扱ったノンフィクション『退屈な殺人者』からとられている。

「あの事件は、僕にはとてもショッキングでしたね。だから気になって、それに関する本も読んだ。「人を殺したらどうなるか実験してみたかった」というストレートな言葉は、カミュの『異邦人』のムルソーが、太陽がまぶしかったから人を殺したと語るのに匹敵する、というか彼はそれをやってしまった。この少年は、酒鬼薔薇聖斗や西鉄バスジャックの少年と同じ82年生まれで、僕が大学で接した学生たちも82年前後に生まれた同世代なんですね。彼らは、この日本という国のなかで、同じ時代や社会環境を生きてきた。なのに一方は殺人に走ってしまった。それで僕は、彼らが何を共有し、どこが違うのかということを、ずっと気にかけてきたんです」

 しかし、この新作でまず印象に残るのは、これまでの柳町作品からは想像もつかない遊びが散りばめられていることだ。監督の松川の恋人ユカリは、松川に執拗につきまとい、陰でアデルと呼ばれている。元映画監督で指導教授の中條は、陰でアッシェンバッハと呼ばれている。彼は美しい女子大生レイを見つめ、想いをつのらせていく。ではなぜ『アデルの恋の物語』と『ベニスに死す』なのか。

「なぜそれが思い浮かんだかは、わかりませんよ、人に解釈してもらわないと。引用しようと思えば他にも腐るほどあるなかで、僕の引き出しからポンと出ただけで。世紀末的なものとか、一方通行の愛とかね、そういうものに対する関心と、いまの時代の若者たちを観察して見えてくるものが、フィットしたということではないかと思うんですけど」

 この2作品には、実に興味深い共通点がある。まず、ハリファックスとベニスという閉ざされた空間が、ドラマにとって不可欠の要素となっている。この映画の舞台となるキャンパスは、そんな映画的な記憶に二重三重に取り巻かれ、主人公たちは、閉ざされた空間のなかで同世代の殺人者と向き合うことを余儀なくされる。しかも皮肉なことに、彼らは、この2作品と同じように、実在の人物を映画にしようとしているにもかかわらず、その少年は容易には画にならない。柳町監督は、82年生まれの殺人者のなかでも、特にこの少年に関心を持つ理由をこう語る。

「酒鬼薔薇についても、いろいろ読んでますが、彼には性的な問題がある。だから関心がないというわけではないけど、やはりムルソーに匹敵するこの少年の言葉の方が強烈でしたよ。バスジャックの少年は、病院を出たり入ったりしていて、明らかに精神を病んでいた。でもこの少年の場合は、まさに一見普通ですよね。学校の成績もよくて、国立大学に行くだろうと言われていたし」


◆プロフィール◆

柳町光男
茨城県行方郡牛堀町生まれ。早稲田大学法学部在学中から映画作家を志し、シナリオ研究所に通う。大学卒業後、一旦は就職するが、69年からフリーの助監督として映画撮影の現場へ。東映教育映画部の仕事では大和屋竺に師事した。74年には自らの製作会社「プロダクション群狼」を立ち上げ、暴走族の若者たちを追ったドキュメンタリー映画の製作を開始する。
2年がかりの制作期間を経て、76年に第1作『ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR』を完成させる。当初小規模公開されたが評判を呼び、後に東映系で拡大ロードショー公開される。
79年には劇映画第1回監督作品として中上健次の『十九歳の地図』を映画化(80年カンヌ映画祭批評家週間正式出品/キネマ旬報ベストテン7位)。自主上映による公開という厳しい条件にもかかわらず、「青春映画の傑作」として高く評価される。

(『カミュなんて知らない』プレスより引用)

 

 



 要するにこの少年は、「人を殺したらどうなるか実験してみたかった」という動機で人を殺した事実を除けば、決して特殊な人間ではなく普通の高校生であり、ドラマになる要素がない。だから監督の松川は、事実を無視し、リハーサルを通して、殺人者らしい人物、映画らしいドラマを作り上げようとする。しかしそんな彼は、先述した2作品のパロディのなかで失墜していく。そこで筆者が注目したいのが、中條教授が図書館から借りているメルロ=ポンティの『見えるものと見えないもの』のことだ。松川や中條は、見えるものに囚われ、見えないものに足をすくわれる。この映画では、見えるものと見えないものをめぐって、人物たちが巧妙に配置されているのだ。

「僕が以前、台湾にあるエドワード・ヤンの事務所を訪ねたときに、これから撮影に入る『カップルズ』の人物相関図が壁に貼ってあったんですね。あの映画も人物がたくさん出てくるので。それが少し頭に残っていて、シナリオを書く前に相関図を作って、リアリティが失われないぎりぎりのところまで人物が複雑に絡み合うように、線で結んでいったんです。池田は男とも繋がった方が面白いとか、久田は、3人の男たちとボーイフレンドの4人と繋がるとか、集団のなかで全員が何らかのかたちで繋がっていくわけです」

 その主演俳優の池田や助監督の久田は、パロディの外に位置し、松川や中條とは逆に次第に前面に出てくる。ふたりは、殺人者の心理に強い関心を持つと同時に、閉ざされた空間の見えない領域に踏み出していく。しかし、彼らの行動の意味が明確になるのは、撮影初日を迎えてからのことだろう。その初日の舞台となるのは、柳町監督の『さらば愛しき大地』が脳裏をよぎるような農家だ。

「実際の現場は農家じゃないし、僕も最初は、周りに畑があるけど、農家ではない家を探していたんです。ただ僕の頭にはすでに、部屋が二つ三つ並んでいて、庭に面して廊下があり、その廊下で逃げる老婆を金槌を持った少年が追いかけ、学生の撮影隊が庭からそれを撮るというイメージがあって、それができる家がなかなか見つからなかった。たまたま水海道にいい家があると聞いて、見にいったら、思い描いていたイメージとは違ったけど、あの農家を見た瞬間、これはいけるという手応えを感じた。血も騒いだ。同じ茨城で、鹿島に風景が似ているし、なんかフラッシュバックするものがあったんですよ」

 そんな農家を舞台にした撮影初日、松川に代わって監督を務めるのは久田であり、撮影隊の前に現れるのはもはや殺人者らしい少年ではない。柳町監督はこの場面で、強烈なインパクトを持つもうひとつの空間を生み出す。農家に侵入した少年が、必死に逃げようとする老婆に迫り、撮影隊が、庭からガラス戸を隔ててそれを撮影する。ところが、久田の「カット」の声がかかり、撮影隊がばらけても、ガラス戸の向こうでは惨劇が継続されていく。

「実はシナリオには、あれはない。久田が「カット」と言って、場面が変わると書いてあった。ところが撮影してたら、その「カット」の声が中のふたりには聞こえなかった。それを見ていた僕は、「カット」をかけなかった、もっと回せって。そもそも僕は、「カット」をかけるのが遅いって言われている。ハプニングがあったり、俳優がいい表情することがあるから、なかなか「カット」をかけない。俳優はじりじりするようだけど。あの時もそういうハプニングが起こって、それを生かすための編集をした。学生の撮影隊は、家の中に入れないようにした。中で起きているのは、撮影ではなく、ひょっとすると本当のことかもしれないという錯覚は十分に成立しますよね。僕もあらためて映画は面白いと思った。場所がよくて、俳優がちゃんとやってくれると、現場で計算ができるし、想像を裏切って新しいものが出てくる。だから僕は、できるだけ即興性が発揮できる場所を残して、撮影に臨むようにしてます」

 つまり農家は、一線を越える人間と止まる人間を隔てる境界となる。この撮影初日を迎える前に久田は、合宿から戻った恋人に会い、ふたりの男とキスしたことを涙ながらに打ち明け、もうひとりの男とのキスを見えないものとして胸にしまう。一方、池田は、おそらくはすべてを見えるものにしようとする。だから、久田の「カット」の声は彼には届かない。かつて『さらば愛しき大地』や『火まつり』で、神話という見えないものにこだわった柳町監督は、見えるものしか求められない少年が行う殺人だけを視覚化し、それを映画『タイクツな殺人者』とすることで、この時代を浮き彫りにしてみせるのだ。


(upload:2006/06/24)
 

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