ディチロは80年代に自作自演の「ジョニー・スウェード」を含めて、舞台の演出や役者を多くこなしてきた。そんな舞台の体験が彼の映画のスタイルに影響を及ぼしていることはあるのだろうか。
舞台というのは、ある意味で現実と虚構が紙一重のところで接しているようにも思えるのだが…。
「いい質問だね。もう10年くらい舞台には立ってないんだけど、演技はぼくの映画作りの全ての面に影響を及ぼしている。特に脚本を書くという行為には。二人の人間の間で交わされる会話や場面を書く時は、
舞台に立っていた経験から何が役者をエキサイトさせるか知っているので、限りなくエキサイティングな場面が書ける。 役者が何か意外な演技をできるような場面をね。ぼくの映画を見てもらえば分かると思うけど、
多くのキャラクターが予測していた事態とはまったく異なる展開に直面して、それに何とか対処しなければならない羽目に陥っている。ぼくは、自分を驚かせてくれるような演技をする役者が好きだし、脚本も、結果的に役者が舞台で何をやってみせてくれるか、
また、彼らの演技のプロセス全体に左右される。俳優としての経験は、実際に役者を演出する時にもとても役に立っているよ。ぼくは、今まで一緒に仕事をしたすべての役者の演技を誇らしく思っている。彼らはぼくを本当に信頼してくれたし、
自分たちのもっともパーソナルで、想像力のある演技を披露してくれたと思っている」
ディチロの世界は、ほとんど日常の現実的な体験から発展してきているように思えるのだが、影響を受けた監督とか作家はいるのだろうか。
「そうだな…作家でとても影響を受けたのがカフカ。それも、ユーモア作家としての彼に影響を受けた。一般にカフカは、ヘビーでシリアスな実存主義作家だと思われているし、むろん実際にそうだったんだけど、ぼくにとってカフカ作品の魅力は、
人間がひどく妙な状況に置かれてしまうといったユーモアなんだ。男が朝起きたらゴキブリになっていたみたいなのは、実際のところ、演技のしがいのある瞬間だよね。だって、どんな風に演じる? そういったユーモアは自分の作品に役立っていると思ってるよ。
ぼくの作品を見て貰えば、きっと何らかのレベルでカフカ的バカバカしさがある事に気づくと思う。あとはフェリーニにも多大な影響を受けた。黒澤とも非常に似た人間的なところにね。フェリーニは人間に対して諦めたりしないんだ。どんなに複雑なキャラクターでも人間的なところがある。
そういう作品に非常に興味を覚える。マルクス兄弟にも影響を受けている。彼らのまぬけなユーモアもぼくの作品にうかがえるはずだ。でも、いろんな映画監督や作家に影響を受けているなぁ…ジェームズ・ジョイス、監督ではジョン・ヒューストン、ガス・ヴァン・サントも尊敬しているし…」
ディチロの映画には、常にインディーズならではのスタンスというものが現れているように思うのだが、彼はインディーズというものをどのように意識しているのだろうか。
「この映画に至るまでのどの作品でも、自分の好きなようなキャスティングができたし、脚本も自分が書きたいように書いたし、自分がやりたいように編集をしたし…それがインディーズ・スピリットだというなら、ぼくのやりたいことはまさにそれだ。
ぼくにはこういう仕事のやり方しかできないから。でもだからといって、エリート主義的っていうか、自己中心的な気持ちはまったくないんだ。ただハリウッド的映画作りってのがあって、それはつまりコミュニティでの映画作り…ええと、何て言えばいいかな…つまり委員会みたいなところでの映画作りってことだ。
30人が判断を下すというような。自分のアイデアを持って、「こうやりたい」って言えるのはインディーズの世界だけなんだ。残念なことに、そういうタイプの映画を作る場合、資金集めは難しい。 アメリカのインディーズ界の現状はひどく厳しいし。昔とは違うんだ。
コマーシャルにならないかもしれない映画のリスクを背負う奴なんていないんだよ。「リアル・ブロンド」はハリウッドのメジャー・スタジオが配給したんだけど、それはぼくの意思じゃなかったし、最終的に判断ミスだったと思ってる。二度とやらないよ。
今はっきり言っとくけど、ハリウッド映画は何があっても絶対に作らない。絶対にね」
最後に次回作の内容について尋ねてみた。
「次回作は「リアル・ブロンド」を製作するにあたって経験したことを下敷きにしたものになる予定だ。「リアル・ブロンド」を作るのはとても楽しくて、クリエイティブな経験だったんだ。たぶん(ぼくの話し振りから)感じ取れると思うけど、役者たちともすごくウマが合ったし、とにかく楽しい作業だった。
すごく誇りに思ってる作品なんだ。残念ながら、米公開を手掛けたパラマウントはこの作品をまったく理解していなくて、そのことが映画自体に悪影響を及ぼしてしまった。それが「リアル・ブロンド」を作るに当って経験した最悪なことだったんだけど。
次回作は完全にインディーズで、低予算の作品になる。キャストは決まっていて、「リアル・ブロンド」で護身術のインストラクターを演じたデニス・リアリー、スティーブ・ブシェーミ、そしてエリザベス・ハーレー。『Double Whammy』というタイトルの犯罪ものなんだ。
ダブル・ワミー≠チていうのは「リアル・ブロンド」のなかでもたくさん起きている現象で、説明すると、人生のなかで何かひどいことが起き、やっと切り抜けて、もう二度とこんな酷い目には遭わないだろうって思ってると、窓からピアノが降ってくる、そんな踏んだり蹴ったりの状況を意味する表現なんだ。
映画もまさにそういう内容のコメディだ。アメリカのインディーズ映画におけるバイオレンスを題材にした、ちょっと変わったコメディ。今までの作品とはずいぶん違ったものになると思うよ」 |