園子温インタビュー02
Interview with Sion Sono


2012年9月 渋谷
希望の国/The Land of Hope――2012年/日本=イギリス=台湾/カラー/133分/ヴィスタ
line
(初出:月刊「宝島」2012年12月号)
【PAGE-1】

劇映画だがドキュメンタリー――徹底的な取材をもとにした
新作に込めた思いとは ――『希望の国』(2012)

 『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』などの強烈な描写で注目され、前作『ヒミズ』では原作の設定を変えて被災地でロケを行った園子温監督。新作『希望の国』は震災の数年後の「長島県」を舞台に、原発事故によって引き裂かれた家族を描く。深刻な内容にもかかわらず『希望の国』と名づけられた映画の背景に迫る!

■被災地で取材を重ね、セリフもそのまま

――原発問題を扱うとなると賛否やメッセージに関心が行きがちですけど、『希望の国』では登場人物それぞれの思いがドラマだけではなく風景を通して伝わってくる。その映画的な表現にとても心を動かされたんですが、最初からそういう構想があったんですか。

「最初から思ってました。極彩色で描く映画じゃないので、カメラもフィックスで、あまり人物にも寄らず、基本ワンシーン、ワンカットで、抑えて抑えて撮ろうと。最近の僕の映画がハードロックだとすれば、これはアコースティックギター1本みたいな感じですね。演技もいじりませんでした。いちばん重視したのは画面です。今回ほどカメラの背後にいて、風景の撮り方をカメラマンと話したことはないです」

――風景はどのように選んだんですか。

「取材のために20キロ圏内にこっそり入って、電気自転車で回ったんです。そこで見た風景をそのまま出したかったんですけど、20キロ圏内で撮りたいって言ったら断られたので、似たようなところを探すしかないと思って、気仙沼市にも協力してもらいました。もうどんどん復興してきれいになってきているんで、本当に狭い一角しか残っていないんですよ。ちょっとカメラを外すと普通の町なんで、その点ではウソも入っているんですけど(笑)」

――そうとう取材されたんですよね。対象はどういう基準で選びましたか。

「むしろ基準なく進めました。最初は役所を通じて避難された方を紹介してもらったりしたんですけど、ずっと役所の人がついてくるからあんまり本音を吐いてもらえなくて(笑)、途中から行き当たりばったりに変えたんです。街で会った人に声をかけたりしました。
 テーマは放射能による不条理な家族離散、と漠然とは考えていたんですけど、報道でイヤというほど見せられてるものをドラマでやるならもう一本軸が必要だな……と考えてたとき、実際に20キロ圏の内外で庭が分離されてる家を見かけたんです。何だろうと思ってその家の方にお会いして訊いたら「自分の家の庭なのに圏内にされたから二度といけなくなった」って言われて、これをベースにしようと思いついたんです。何度もお邪魔して、3月11日の前日から一週間にその家で何が起きたか調べ上げたり、ほかの土地の同じようなケースを取材したりしました。だから映画の前半はほぼ事実そのままというか、セリフも実際に取材した人の言葉を使ってます。後半は少し想像も入ってますが、それ以外はある意味でドキュメンタリーじゃないかなと思います」


 
◆profile◆

園子温
愛知県出身。1978年、『男の花道』でPFFグランプリを受賞。PFFスカラシップ作品『自転車吐息』は、ベルリン国際映画祭正式招待のほか、30を超える映画祭で上映された。以後、衝撃作を続々と誕生させ、各国で多数の賞を受賞。映画以外にも大ヒットドラマ「時効警察」(06・07/EX)の脚本・演出なども手掛けている。
近作では『愛のむきだし』で、第59回ベルリン国際映画祭カリガリ賞、国際批評家連盟賞と第9回東京フィルメックスのアニエスベー・アワードを受賞。『冷たい熱帯魚』は第67回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門、第35回トロント国際映画祭ヴァンガード部門など各国の映画祭に正式出品、テアトル新宿の動員を塗り替えるヒットとなる。さらに『恋の罪』が第64回カンヌ国際映画祭監督週間で上映、『ヒミズ』は第68回ヴェネチア国際映画祭で主演のふたりにマルチェロ・マストロヤンニ賞をもたらした。いま、最も新作が期待されている、まさしく日本を代表する鬼才監督である。
(『希望の国』プレスより引用)


■「帰ろうよ」のもうひとつの意味

――映画の軸をなす3組の男女それぞれが風景と結びついていますが、例えば泰彦(夏八木勲)と智恵子(大谷直子)の夫婦にしても、同じ風景にも違うものを見出す、その振幅が奥行きになっていますね。庭の木を通して見える世界にこだわる泰彦に対し、認知症を患った智恵子は風景に遠い記憶を見出していますが、モデルがいたりするんでしょうか。

「うちの母が認知症なので、彼女の日常から引いてます。夕暮れになると「もう帰ろうよ」って言うのは認知症の人の習性に近いものがあるようですけど、映画の中で夏八木さんが言う「時計の長い針が5になったら帰ろう」っていう対処法を発明したのは僕なんですよ。認知症の人は10分もすれば忘れちゃうんです。みんなもやるといいと思います(笑)
 舞台は長島県という架空の土地ですけど実際は福島県ですから、大谷さんが夏八木さんにもらった婚約指輪を肥溜めに落としたのを1970年と考えたんです。福島原発が生まれる直前ですね(1号機は70年9月末に完成)。つまり「帰ろうよ」っていうセリフには、原発がない未来があり得た時代に帰ろうよ、というもうひとつの意味があるんです。そこにうちの母親を入れてみようかなと思ったんですよね。夏八木さんが祖父にそっくりだったり、大谷さんは母にちょっと似ていたりと、僕自身に重ねることで、もし自分がそこにいたら、という気持ちを添えていこうと思いました」

――架空の土地を舞台にしたのはなぜですか。

「初めは福島のある町で実際に起きたことを描こうと思ったんです。モデルになった家は南相馬市なんですけど、飯舘村にしても双葉町にしても、それぞれの町で起こったことが違いすぎて、地理的に離れてるからつなぐこともできないし、隣町にしたらウソになる。でも捨てたくなかったので、南相馬を拠点にして、双葉とか飯舘をグッとそばに寄せたんです。町名も大葉町に変えて、そして県も、長崎、広島、福島を三つ重ねた名前にしたんです。そうしたら設定も、福島の事故の何年か後に変わっていきました」===>2ページに続く

 
【PAGE-1】

NEXT