つまり、この映画には、残留問題の真相追究と奥村さん個人の物語というふたつの要素がある。
「その通りですが、僕のなかでそれがひとつに結びついたんですよ。奥村さんと週に一度会って話をするうちに、例の初年兵教育の話が出た。奥村さんは資料を探しにすでに中国には行っていたけど、そういう現場には行っていなかった。なぜなのか聞いたら、「やっぱり怖かった」と。それで行ってみませんかって誘ったら、行かなければならないところだと思うと言った。要するに、奥村さんのなかには、国に捨てられた被害者と戦争の加害者の両面があり、残留問題を知ってもらうためには、自分がやらされたことも見極めなければならないということだったんだと思います」
『延安の娘』では、最初は父親を探す娘が主人公に見えるが、次第にかつての下放青年に広がる波紋が深い意味を持つようになる。『蟻の兵隊』でも、最初は残留問題が主題に見えるが、やがてわれわれは、「しめたっ!」と思ったはずの奥村さんが、別の顔を露にし、変貌を遂げていくのを目の当たりにすることになる。
「そうですね、『延安の娘』の本当の主人公というのは、僕にとってはもうひとりの下放青年だったわけで、それが撮っている途中から見えてくる。そうなると海霞(ハイシア)という娘は、実はその入り口でしかない。ドキュメンタリーってシナリオに書けない部分が醍醐味じゃないですか。『蟻の兵隊』でも、残留問題というのは実は入り口のようなもので、たとえば、奥村さんが突然、日本兵に戻っちゃう瞬間があるでしょ。あれは予測できない。でも、もの凄く大事でしょ。一緒にいた中国人のスタッフにとっては、凄く気持ち悪いことだから、止めようとするんですよ。でも、待て待て、いま凄いものが撮れてるからって言って。本人がそのことに気づいてないんですからね。あれから旅も変わったし、映画も変わっていったと思うんですよ」
但し、残留問題が頭に入っていた方が、この映画が切り取る瞬間の驚きや衝撃がより大きなものになることは間違いない。筆者には、藤原彰の『天皇の軍隊と日中戦争』に収められた「命令された最後のたたかい」というテキストが非常に参考になった。また、このテキストによれば、97年の参議院決算委員会で残留問題が取り上げられ、当時の厚生大臣だった小泉純一郎も発言をしている。
「奥村さんも小泉さんに会ってますよ。陳情を繰り返すうちに、厚生大臣の小泉さんが会ってくれることになって、奥村さんが持っている資料を見せに行った。そのなかには、参謀長が出した編成命令などもあった。だから、小泉さんは知っている。小泉さんにこの映画を見てもらいたいです」 |