池谷薫インタビュー
Interview with Kaoru Ikeya


2006年
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(初出:「キネマ旬報」2006年8月上旬号)

共犯関係から生まれる予測不可能なドラマ
――ドキュメンタリー『蟻の兵隊』(2005)

 1945年に日本が降伏した後も、中国の山西省に残留し、中国共産党軍と戦った日本兵たちがいた。山西省で彼らに何があったのか。国は、彼らが自由意志で現地除隊し、勝手に戦争を続けたとみなした。これに対して軍の命令だったと主張する元残留兵たちは、国を相手に軍人恩給を求めて裁判を起こした。文革を題材にしたデビュー作『延安の娘』が大きな注目を集めた池谷薫監督の第2作『蟻の兵隊』では、元残留兵で、残留問題の真相を究明しようと孤軍奮闘する奥村和一の執念と葛藤が浮き彫りにされていく。

「『延安の娘』の上映会には、中国と縁を持った方がたくさん観にきてくれて、そこから戦後も様々な形で中国に残った人たちの話が浮かび上がってきたんです。その人たちは、奥村さんとは逆に、中国共産党に協力する立場だったんですが、ある人のところに行って、今こんな話を考えてるって相談したら、一通の手紙を見せられた。それが、裁判の傍聴に来てくれという奥村さんからの手紙だったんです。2600人もの日本人部隊が残って、内戦に巻き込まれたという事実にも、もちろん驚いたんですけど、それを誰も知らないというか、僕も20年くらい中国のドキュメンタリーをやってきて、まったく知らなかった。それですぐに奥村さんに電話して、彼に会った。こういう題材にスポンサーがつくとは思えなかったけど、目の前にいる人は80歳でしょ、もうやるしかないと思って、撮り出しちゃったんです」

 『延安の娘』は、対象との信頼関係を築くのにかなりの時間を費やした作品だったが、この『蟻の兵隊』は、撮影しつつ、関係を築き上げていく作品といえる。

「今度の『蟻の兵隊』では、僕と奥村さんは共犯関係≠ノあったわけですよ。奥村さんは僕が映画にすると言ったときに「しめたっ!」と思ったはずです。裁判は勝てる見込みがないし、誰も関心を持たないわけでしょ。とうとう来たかという感じだったと思いますよ。僕は僕で奥村さんという人に惚れたわけで、この人の身体と言葉を使って、戦争ってなんだろうって表現できると思っていたから。『延安の娘』の下放青年たちもそうでしたけど、奥村さんには、実はいままでずっと隠してきたけど、話したい、知ってもらいたいことがあったんです」


◆プロフィール◆

池谷薫
1958年 東京生まれ。同志社大学文学部を卒業後、テレビ・ドキュメンタリーのディレクターとして創作活動を開始する。89年の天安門事件以降、中国での取材活動を積極的に展開。NHKなどで多数のドキュメンタリーを製作。97年、製作会社・蓮ユニバースを設立。構想から7年、製作に3年を費やした初の長編ドキュメンタリー映画『延安の娘』は、世界の映画祭で絶賛され、数々の賞を受賞。『蟻の兵隊』は長編ドキュメンタリー2作目となる。
(『蟻の兵隊』プレスより引用)



 つまり、この映画には、残留問題の真相追究と奥村さん個人の物語というふたつの要素がある。

「その通りですが、僕のなかでそれがひとつに結びついたんですよ。奥村さんと週に一度会って話をするうちに、例の初年兵教育の話が出た。奥村さんは資料を探しにすでに中国には行っていたけど、そういう現場には行っていなかった。なぜなのか聞いたら、「やっぱり怖かった」と。それで行ってみませんかって誘ったら、行かなければならないところだと思うと言った。要するに、奥村さんのなかには、国に捨てられた被害者と戦争の加害者の両面があり、残留問題を知ってもらうためには、自分がやらされたことも見極めなければならないということだったんだと思います」

 『延安の娘』では、最初は父親を探す娘が主人公に見えるが、次第にかつての下放青年に広がる波紋が深い意味を持つようになる。『蟻の兵隊』でも、最初は残留問題が主題に見えるが、やがてわれわれは、「しめたっ!」と思ったはずの奥村さんが、別の顔を露にし、変貌を遂げていくのを目の当たりにすることになる。

「そうですね、『延安の娘』の本当の主人公というのは、僕にとってはもうひとりの下放青年だったわけで、それが撮っている途中から見えてくる。そうなると海霞(ハイシア)という娘は、実はその入り口でしかない。ドキュメンタリーってシナリオに書けない部分が醍醐味じゃないですか。『蟻の兵隊』でも、残留問題というのは実は入り口のようなもので、たとえば、奥村さんが突然、日本兵に戻っちゃう瞬間があるでしょ。あれは予測できない。でも、もの凄く大事でしょ。一緒にいた中国人のスタッフにとっては、凄く気持ち悪いことだから、止めようとするんですよ。でも、待て待て、いま凄いものが撮れてるからって言って。本人がそのことに気づいてないんですからね。あれから旅も変わったし、映画も変わっていったと思うんですよ」

 但し、残留問題が頭に入っていた方が、この映画が切り取る瞬間の驚きや衝撃がより大きなものになることは間違いない。筆者には、藤原彰の『天皇の軍隊と日中戦争』に収められた「命令された最後のたたかい」というテキストが非常に参考になった。また、このテキストによれば、97年の参議院決算委員会で残留問題が取り上げられ、当時の厚生大臣だった小泉純一郎も発言をしている。

「奥村さんも小泉さんに会ってますよ。陳情を繰り返すうちに、厚生大臣の小泉さんが会ってくれることになって、奥村さんが持っている資料を見せに行った。そのなかには、参謀長が出した編成命令などもあった。だから、小泉さんは知っている。小泉さんにこの映画を見てもらいたいです」

《参照/引用文献》
『天皇の軍隊と日中戦争』藤原彰●
(大月書店、2006年)

(upload:2007/12/15)
 
《関連リンク》
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