1942年9月5日西ドイツのミュンヘン生まれ。15歳で初めてシナリオを書き、ミュンヘン大学で歴史、文学、演劇を学ぶ。その後、奨学金を得てアメリカに渡り、ピッツバーグのデュケイン大学で映画とテレビの勉強をする。
62年に初の短編映画“Herakles”を完成させ、63年には自らのプロダクションを設立した。66年にドイツの映画推進理事会により30万マルクを援助され、初の長編映画『生の証明』(68)を撮った。以後は、ライナー・ヴェルダー・ファスビンダー、ヴィム・ヴェンダースらと共にニュー・ジャーマン・シネマの旗手として躍進し、『蜃気楼』(68)、『小人の饗宴』(70)など異色作を発表、『カスパー・ハウザーの謎』(74)ではカンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞した。
(『世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶』プレス参照)
▼ヘルツォークが製作総指揮に名を連ねるジョシュア・オッペンハイマー監督の『アクト・オブ・キリング』(12)は、2014年4月12日より公開。