小さな村の小さなダンサー
Mao’s Last Dancer


2009年/オーストラリア/カラー/117分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(未発表)

「中国」と「アメリカ」という単純な図式に

回収されていくリー・ツンシンの人生

 ブルース・ベレスフォード監督の『小さな村の小さなダンサー』は、中国出身の名ダンサー、リー・ツンシンの自伝『毛沢東のバレエダンサー』(※『小さな村の小さなダンサー』のタイトルで文庫化されている)を映画化した作品だ。

 1961年に中国の山東省の僻村に農民の子供として生を受けたリー・ツンシンは、少年時代に江青が主導する文化政策によってダンサーに選抜され、北京で英才教育を受ける。やがて中国が改革開放路線に舵を切ろうとする頃、彼はバレエ研修でアメリカを訪れる機会に恵まれる。そして、新天地で才能を開花させ、恋におち、亡命を決意していく。

 この映画のスタッフは、どうしてリーの自伝を映画化しようと思ったのか。そもそもの動機は、彼の半生が劇的で感動的だからという平凡なものではなかったようだ。

 プロダクション・ノートによれば、この映画化を最初に思い立ったのは、ニック・カサヴェテスの『きみに読む物語』の脚色なども手がけている脚本家のジャン・サーディだった。そこには彼のこんなコメントが引用されている。「自伝を読み始めて15ページか20ページほどで、この本には人をひきつける特別のものがあると感じた。そこで(製作者の)スコットに電話をしたんだ、“急いで、映画化権を買ってほしい”とね

 筆者もまったく同感だ。この自伝の導入部には読者を引き込む魅力がある。第一部は七章からなる「子供時代」で、ダンサーに選抜されたリーが北京に旅立つまでの出来事や体験が生き生きと描き出されている。

 ところが映画では、ダンサー選抜のエピソードがわずかに描かれるだけで、第一部はほとんど切り捨てられている。それは、主人公を取り巻く世界を単純化することに繋がる。映画のリーは、「中国」と「アメリカ」という二つの世界のあいだで引き裂かれ、葛藤を強いられる。しかし、世界に対するリーの認識はそれほど単純ではない。

 自伝の第一部が読者を引き込むのは、リーが少年の視点で当時の事柄を生き生きと描き出しているからだけではない。彼は波乱に満ちた人生を歩んだ人間として、その原点を振り返り、掘り下げてもいる。

 世界は彼が生まれる前から変化し、少年は変化を目の当たりにしながら成長していく。リー一族は、日本軍が空港を建設するために移住を強制され、いまの場所で暮らすことになった。主人公が生まれる頃には、毛沢東の大躍進運動の結果として大飢饉が起こり、三千万人あまりの人々が餓死していた。


◆スタッフ◆
 
監督   ブルース・ベレスフォード
Bruce Beresford
原作 リー・ツンシン
Cunxin Li
脚本 ジャン・サーディ
Jan Sardi
撮影監督 ピーター・ジェイムズ
Peter James
編集 マーク・ワーナー
Mark Warner
作曲 クリストファー・ゴードン
Christopher Gordon
 
◆キャスト◆
 
リー・ツンシン   ツァオ・チー
Chi Cao
ベン・スティーヴンソン ブルース・グリーンウッド
Bruce Greenwood
チャールズ・フォスター カイル・マクラクラン
Kyle MacLachlan
エリザベス アマンダ・シュル
Amanda Schull
ジョアン・チェン
Joan Chen
ワン・シャン・パオ
Shuang Bao Wang
リー(青年時代) グオ・チャンウ
Chengwu Guo
リー(少年時代) ホアン・ウエンビン
Wen Bin Huang
ディルワース エイデン・ヤング
Aden Young
ローリー マデレーン・イーストー
Madeleine Eastoe
シールズ判事 ジャック・トンプソン
Jack Thompson
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(配給:ヘキサゴン)

 リー・ツンシンは六番目の子供として生まれたが、彼の兄たちは文化大革命に巻き込まれていく。長男は、毛沢東がチベットに送り込んだ紅衛兵のひとりだった。五歳の主人公は、村で反革命分子が銃殺されるのを目にし、衝撃を受ける。それは深い心の傷となった。

 この第一部で筆者が最も印象的だったのは、日常における変化をとらえている部分だ。主人公の一家は、祖先が眠る墓に参り、霊を目覚めさせるために爆竹を鳴らす。餃子の最初の一皿はおめでたい食べ物であり、台所の神、収穫の神、繁栄と長寿、そして幸福の神に捧げられる。

 だが、そうした昔ながらの習慣は共産主義を脅かすものであり、続ければ反革命分子とみなされ、刑務所送りになりかねない。主人公の祖母の葬儀も象徴的だ。文化大革命によって葬儀は強制的に土葬から火葬に移行させられたが、彼の両親は指導者に懇願し、祖母は昔ながらのやり方で弔われる最後の村人となる。

 リー・ツンシンにとって、世界は最初から大きく揺らいでいた。そんな過去と亡命は決して無関係ではない。だが映画ではすべてが、中国とアメリカという表面的で単純な二元論に回収されてしまうのだ。

 
《参照/引用文献》
『毛沢東のバレエダンサー』 リー・ツンシン●
井上実訳(徳間書店、2009年)

(upload:2010/10/03)
 
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