青春☆金属バット
Green Mind, Metal Bats


2006年/日本/カラー/96分/ヴィスタ/DTSステレオ
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(初出:「Cut」2006年8月号 映画の境界線60、抜粋のうえ若干の加筆)

サディスティックな女とマゾヒスティックな男と究極のスイング

 熊切和嘉監督の『青春☆金属バット』の主人公である27歳の難馬邦秋は、コンビニのバイトさえまともにこなせない不器用な人間だ。ずっと所沢に暮らし、バイト先と古いアパートを往復し、友だちもなく孤独な生活を送っている。このダメ人間を支えているのは金属バットだ。高校時代に野球部で万年補欠だった彼は、いまもバッティングセンターに通いつづけ、究極のスイングを目指している。そんな彼は、いつも呑んだくれている凶暴な女エイコに出会い、彼女に振り回されるうちに、“バット強盗”の二人組と呼ばれている。

 熊切監督の映画は、作品によって題材も雰囲気も変わるが、女と男の力関係には共通点がある。サディスティックな女とマゾヒスティックな男の関係が、物語を展開させ、ダイナミズムを生み出す原動力になっている。

 『鬼畜大宴会』では、ナイーブな男たちが、どんどん凶暴になるマサミにどこまでもいたぶられ、悲惨な最期を遂げていく。『空の穴』では、過去に深くとらわれていることすら自覚していない市夫が、彼のもとに転がり込んできた妙子に必死にすがりつこうとすることで、出口を見出していく。『アンテナ』では、明らかに過去にとらわれている祐一郎が、SMの女王ナオミとの支配と服従の関係という妄想によって、自分のなかにある痛みの源を見極めていく。

 『青春☆金属バット』の難馬も、エイコに徹底的に振り回される。難馬のアパートに居座る彼女は、彼のささやかな貯金を勝手に使ってテレビを購入し、ドラゴンズが負けると、八つ当たりで彼の顔面にパンチを見舞う。酒代がなくなると、コギャルから金を奪い、彼は強盗の片棒をかつがされる。さらにふたりは、彼女の悪ふざけで、試乗した新車を傷つけてしまい、借金を背負うはめになる。


◆スタッフ◆
 
監督   熊切和嘉
原作 古泉智浩
脚本 宇治田隆史
撮影 橋本清明
音楽 赤犬
 
◆キャスト◆
 
難馬邦秋   竹原ピストル
エイコ 坂井真紀
石岡 安藤政信
石岡の同僚警官 上地雄輔
バイトの女子高生 佐藤めぐみ
自称ベイブ・ルースの息子 若松孝二
落合 寺島進
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(配給:ゼアリズエンタープライズ
+日本出版販売
)

 この映画を観ながら筆者が思い出すのは、ジョナサン・デミの快作『サムシング・ワイルド』だ。ヤッピーの主人公チャーリーは、謎の女ルルに徹底的に振り回され、引くに引けない状況に追い込まれることによって、出口を見出していく。現実から目を背け、空虚なサバービアの生活にすがりついていた彼は、新たな人生へと踏み出す。

 難馬も浅ましい下心からエイコに引き込まれ、翻弄されまくるが、彼はそのトラブルのなかで、究極のスイングが真価を発揮する機会を見出す。この映画の原作である古泉智浩の漫画では、舞台は北陸だが、映画では所沢に変更されている。スイングを極めた難馬は、半端で退屈な郊外から旅立っていくのだ。


(upload:2010/05/30)
 
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