加代子は最初から姿勢を正し、教師と向き合っている。東京の大学への進学を希望する彼女は、地元の国公立も勧める教師に対して、「もう決めたので」ときっぱりと答える。しかし、教師から「どうせ田舎がいやなんでしょ。東京、東京って、どいつもこいつも」と突っ込まれると、その姿勢が微妙に揺らぐ。彼女は、それを認めざるをえず、目を伏せてしまう。一方、同じく東京の大学を希望する恵は、最初からうつむいたまま教師の話を聞いている。しかし最後に、「将来は小説家か」と突っ込まれると、いきなり正面を向き、「音楽ライターです」ときっぱりと答える。
そんな進路相談のやりとりは、映画のひとつのポイントになっている。加代子は、明確な目的を持って東京の大学に進学するわけではない。優等生の道を歩んできた彼女にとっては、目的以前にそれが当たり前のことだったのだろう。しかし、富蔵と付き合うようになり、東京が交際のネックになると、もはや進路相談のときのように目を伏せているだけではすまない。悩みを抱えた彼女は、出口を求めるように、彼女にとっては別世界ともいえる屋上に上がり、「世界ってこんなに熱いんだ」という恵の言葉を見出し、その意味を考えるようになる。
これに対して、恵には、東京に出ていく明確な目的がある。しかし、彼女は、その目的以前に根本的なところで壁にぶつかっている。音楽を通して「世界はこんなに熱いんだ」と感じることはできても、こそこそとノートを隠し、それを表に出せず、屋上に逃避しているのだ。そんな彼女にとって、突破口になるのが失恋だ。いや、失恋だけなら、彼女は自分の胸に押し込んでしまっただろう。失恋に加えて、その事実を志摩が知っていたことが突破口になり、彼女は、自分を曝け出すように歌を口ずさみ、歌詞を紡いでいく。
そして、ふたりの感情や想いが、文化祭で交差する。この場面では、ドラマと音楽が緻密に結びつき、素晴らしい効果を生み出している。加代子が講堂のなかで、富蔵を探し回るとき、ステージでは藤山が歌っている。その曲はまったく彼女の耳に入らない。彼女はステージに背を向けている。われわれ観客にもそのときステージは見えないが、藤山の親衛隊の表情から、ボーカルがチェンジしたことがわかる。そして、次の曲が始まったとき、加代子はその曲に反応して振り返り、じっと聴き入る。それは、これまでいつも考えてきた彼女が、何かを感じた瞬間だといえる。しかも、そんな彼女の耳に「世界はこんなに熱いんだ」という言葉が飛び込んでくる。そのとき彼女はもはやその意味を考えることはない。感じているからだ。一方、恵にとっては、自分が歌詞を書いた曲の演奏を聴くことよりも、加代子が彼女にかける言葉がさらに大きな意味を持つ。その言葉によって彼女は初めて、自分が表現したことが人の心を揺り動かしたことを実感するからだ。
卒業式の前日に、ふたりが校庭で対面するとき、彼女たちは成長を遂げている。恵には、音楽があればどこでも頑張れるという確信がある。そして加代子は、世界が熱いことをもっと感じ取り、それを自分の世界に変えていくために旅立つのだ。 |