ノーボーイズ、ノークライ
Boat / No Boys, No Cry


2009年/日本=韓国/カラー/114分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:『ノーボーイズ、ノークライ』劇場用パンフレット)

 

 

日常性と意外性、そして取り戻せない時間

 

 渡辺あやが脚本を手がけた作品では、主人公たちの距離に独自の視点を感じる。その距離が生み出すドラマには、意外性と日常性が不思議なバランスで絡み合っている。主人公たちは最初は相手に対してよい印象を持っているとはいえない。それでも接近していくのは、そこに何か別の事情があるからだ。しかしやがて彼らは、そんな関係のなかで自分が自然体になれるような居心地のよい場所を見出していくことになる。

 『ジョゼと虎と魚たち』で、気ままな大学生の恒夫と脚の不自由なジョゼは、偶然に出会ったときにお互いによい印象を持つわけではない。だが恒夫は、やたらと美味いご飯を目当てに彼女の家を訪れるようになる。そしていつしかそこが居心地のよい場所に変わっている。

 『メゾン・ド・ヒミコ』で、父親を憎む沙織が、その父親のために奔走する春彦に好感を持つはずもない。彼女はあくまで金のために春彦の誘いに乗り、父親の老人ホームを手伝う。だが、個性的で陽気に振る舞うゲイの老人たちと過ごすうちに、そこが居心地のよい場所に変わっていく。

 そして、『ノーボーイズ、ノークライ』からも、意外性と日常性が絡み合う魅力的なドラマが浮かび上がってくる。ヒョングと亨のキャラクターは見事に対照的だ。ヒョングには暗い過去があるが、悩んだり考え込んだりせず、彼のボートが象徴しているように流れに身をまかせて生きている。亨は寡黙で無愛想で、後に明らかにされるように、土地や家族に縛られている。彼らには請け負った仕事の繋がり以外に接点がない。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/原案   キム・ヨンナム
Young-nam Kim
脚本 渡辺あや
Aya Watanabe
撮影 蔦井孝洋
Takahiro Tsutai
編集 キム・ヒョンジュ
Hyun-joo Kim
音楽 砂原良徳
Yoshinori Sunahara
 
◆キャスト◆
 
  妻夫木聡
Satoshi Tsumabuki
ヒョング ハ・ジョンウ
Jung-woo Ha
チス チャ・スヨン
Soo-yeon Cha
ボギョンおじさん イ・デヨン
Dae-yeon Lee
奈美 徳永えり
Eri Tokunaga
敦子 貫地谷しほり
Shihori Kanjiya
隆司 柄本佑
Tasuku Emoto
雑貨店店主 あがた森魚
Morio Agata
-
(配給:ファントム・フィルム)
 

 しかし、ふたりの前に韓国人の少女チスが出現することによって状況が変わる。彼らはあくまで金のために手を組み、亨はヒョングとチスを自宅に案内する。一軒家に暮らす亨の家族は決して幸福とはいえないが、ヒョングとチスは家族に溶け込んでいく。ボートから陸に上がったヒョングにとって、そこは居心地のよい場所になる。

 そんな体験は、ヒョングを変えるきっかけにもなる。この映画の終盤で、ヒョングと亨はどうにもならない二者択一を迫られる。その状況は、ヒョングと弟の運命の分かれ目を思い出させる。そのとき母親がどんな思いだったのかは想像するしかないが、とにかく彼女は弟をとり、ヒョングを捨てた。その後の彼は、母親が決めた運命に抗うこともなく、流れのままに生きてきたといえる。しかしそんな彼は最後に、自分で運命を選択するのだ。

 さらに、渡辺あやの世界では、過ぎゆく時間や取り戻せない時間など、常に時間が強く意識されていることにも注目しておきたい。この映画では、ヒョングがこれまで海の上を漂いながら、時間の外で生きてきたと見ることもできる。だとすれば、ヒョングのボートを壊す亨は、彼を時間の中に引き戻す役割を果たしたことになる。ふたりの距離と関係は、そういう意味でも興味深い。


(upload:2010/01/27)
 
 
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