ナイスガイズ!
The Nice Guys


2016年/アメリカ/カラー/116分/スコープサイズ/DCP5.1ch
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(初出:『ナイスガイズ!』劇場用パンフレット)

 

 

映画に見るポルノ産業の繁栄とアメ車の衰退

 

[ストーリー] シングルファーザーで酒浸りの私立探偵マーチは、腕っ節の強い示談屋ヒーリーに強引に相棒にされ、失踪した少女の捜索を開始する。凸凹コンビに、13歳で車の運転までこなすキュートなマーチの娘・ホリーが加わり捜索を進めていくと、簡単なはずだった仕事は、1本の映画にまつわる連続殺人事件へと繋がり、やがて3人はアメリカ国家を揺るがす巨大な陰謀に巻き込まれていく――。

 コードネーム“オールドマン”“ブルーフェイス”“ジョン・ボーイ”…次々と襲い来る凄腕の殺し屋に標的とされ、3人は命がけで事件解決に奔走する――。[チラシより]

 『キスキス、バンバン』(05)、『アイアンマン3』(13)のシェーン・ブラック監督の新作です。ハードボイルドなストーリーに笑いを盛り込んだ痛快なエンターテインメント。2017年2月18日(土)ロードショー。

[以下、本作のレビューです]

 1977年のロサンゼルスを舞台に、腕力にものをいわせる示談屋ヒーリー、一生幸せになれない私立探偵マーチ、好奇心旺盛で抜群の行動力を持つマーチの娘ホリーが、巨大な陰謀に巻き込まれていく。シェーン・ブラック監督の新作『ナイスガイズ!』では、70年代のアメリカが、単なる背景ではなく、そんな主人公たちの運命と深く絡み合っていく。ポルノ女優のミスティ・マウンテンズが車もろとも民家に突っ込み、謎の死を遂げる冒頭のエピソードには、この映画に描き出される70年代が集約されているともいえる。

 まず注目したいのはポルノだ。アメリカでは72年から73年にかけて、『グリーンドア』、『ディープ・スロート』、『ミス・ジョーンズの背徳』といったハードコア・ポルノが相次いで公開され、一般に受け入れられることによって黄金時代を迎える。歴史学者のピーター・N・キャロルは『70年代アメリカ――なにも起こらなかったかのように』のなかで、それらの作品に主演したリンダ・ラヴレースやマリリン・チェンバースについて、「かつては匿名で出演していたのに、それが今や『ポルノ・スター』として、その性的な演技が人びとの賞賛を浴びるようになっていた」と書いている。

 さらにここで、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ブギーナイツ』を思い出しておいても無駄ではないだろう。その物語は1977年、ロサンゼルス郊外のサンフェルナンド・ヴァレーから始まる。ディスコで皿洗いをしていた若者エディは、ポルノ映画の監督にスカウトされ、立派なイチモツを武器にスターへの階段を駆け上がっていく。アンダーソン監督の出身地でもあるサンフェルナンド・ヴァレーは、ポルノ産業の拠点であり、最盛期にはアメリカ中のポルノの9割が製作されていたという。『ナイスガイズ!』には、そんな『ブギーナイツ』と同じ時代のロサンゼルスが描かれている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   シェーン・ブラック
Shane Black
脚本 アンソニー・バガロッツィ
Anthony Bagarozzi
撮影 フィリップ・ルースロ
Philippe Rousselot
編集 ジョエル・ネグロン
Joel Negron
音楽 デヴィッド・バックリー、ジョン・オットマン
David Buckley, John Ottman
 
◆キャスト◆
 
ジャクソン・ヒーリー   ラッセル・クロウ
Russell Crowe
ホランド・マーチ ライアン・ゴズリング
Ryan Gosling
ホリー・マーチ アンゴーリー・ライス
Angourie Rice
ジョン・ボーイ マット・ボマー
Matt Bomer
アメリア・カトナー マーガレット・クアリー
Margaret Qualley
ジュディス・カトナー キム・ベイシンガー
Kim Basinger
-
(配給:クロックワークス)
 

 そして、もうひとつの重要な要素が車だ。映画の導入部では、テレビのニュースを通して、排ガス規制をめぐる三大メーカーに対する訴訟が進行していることが示される。さらに後半では、主人公たちが行方を追うアメリアの母親で、司法省の要職にあるジュディスが、その訴訟に関わっていることが明らかになる。この排ガス規制をめぐる展開は、明らかに事実にインスパイアされている。

 それを確認するためには、排ガス規制が盛り込まれた大気浄化法(Clean Air Act)を振り返っておく必要がある。大気汚染防止を目的とするこの法律は、1963年に制定され、1970年と1977年に改正が行われた。その改正の際には、環境保護論者と自動車業界の間で綱引きが繰り広げられ、対照的な結果に行き着くことになった。

 1970年には、環境問題を考える日として「アースデイ(地球の日)」のイベントが大々的に行われ、ニクソン大統領も環境保護庁(EPA)を設置するなど、環境問題への関心が高まりをみせた。そのためこの年の改正では、排ガスに関して非常に厳しい数値目標が定められた。しかし、これに反発する三大メーカーは、あの手この手で規制値を修正し、75年という期限を延期していった。

 そこでカーター政権が発足した1977年、環境保護論者があらためて厳格な排ガス規制に乗り出す。ところが、その間にアメリカの状況は大きく変化していた。73年の第一次石油ショックとそれにともなう景気後退や台頭する日本車との競争によって、アメリカの自動車産業はぐらつき、世間や政財界の関心も環境問題からエネルギーや経済へと移行していた。その結果、この年の改正では、もともと75年に実施されるはずだった規制がさらに81年まで延期されることになった。また、この綱引きでは、ミシガン州出身で、地元デトロイトの自動車産業の利益を代弁していたジョン・ディンゲル下院議員が辣腕を振るったことを頭に入れておいてもいいだろう。

 この映画には、そんな綱引きが巧みにアレンジされている。ロサンゼルス市庁舎前で大気汚染に抗議するダイ・インを主催したと思われるアメリアは、環境保護論者を象徴している。これに対して、ジュディスと自動車業界の関係は、ディンゲル議員と自動車業界のそれを連想させる。この映画の面白いところはもちろん、その綱引きがポルノと結びつくところにある。前掲書でキャロルは、「ポルノが教養のある人たちの中にまで入り込んでいく」と書いているが、それを告発に利用しようと考える人間がいても不思議はない。

 この映画の前半には、スモッグ警報が流れる場面があるが、実際1977年の夏には、アメリカ中の都市部で光化学スモッグによってオゾン濃度が上昇し、頻繁に基準値を超えていた。それが最もひどかったのが、ロサンゼルスとサンディエゴで、基準値超えが連日のことだったという。

《参照/引用文献》
『70年代アメリカ――なにも起こらなかったかのように』ピーター・N・キャロル●
土田宏訳(彩流社、1994年)
“Taken for a Ride: Detroit's Big Three and the Politics of Pollution”
by Jack Doyle●

(Four Walls Eight Windows, 2000)

(upload:2017/07/13)
 
 
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