そして、もうひとつの重要な要素が車だ。映画の導入部では、テレビのニュースを通して、排ガス規制をめぐる三大メーカーに対する訴訟が進行していることが示される。さらに後半では、主人公たちが行方を追うアメリアの母親で、司法省の要職にあるジュディスが、その訴訟に関わっていることが明らかになる。この排ガス規制をめぐる展開は、明らかに事実にインスパイアされている。
それを確認するためには、排ガス規制が盛り込まれた大気浄化法(Clean Air Act)を振り返っておく必要がある。大気汚染防止を目的とするこの法律は、1963年に制定され、1970年と1977年に改正が行われた。その改正の際には、環境保護論者と自動車業界の間で綱引きが繰り広げられ、対照的な結果に行き着くことになった。
1970年には、環境問題を考える日として「アースデイ(地球の日)」のイベントが大々的に行われ、ニクソン大統領も環境保護庁(EPA)を設置するなど、環境問題への関心が高まりをみせた。そのためこの年の改正では、排ガスに関して非常に厳しい数値目標が定められた。しかし、これに反発する三大メーカーは、あの手この手で規制値を修正し、75年という期限を延期していった。
そこでカーター政権が発足した1977年、環境保護論者があらためて厳格な排ガス規制に乗り出す。ところが、その間にアメリカの状況は大きく変化していた。73年の第一次石油ショックとそれにともなう景気後退や台頭する日本車との競争によって、アメリカの自動車産業はぐらつき、世間や政財界の関心も環境問題からエネルギーや経済へと移行していた。その結果、この年の改正では、もともと75年に実施されるはずだった規制がさらに81年まで延期されることになった。また、この綱引きでは、ミシガン州出身で、地元デトロイトの自動車産業の利益を代弁していたジョン・ディンゲル下院議員が辣腕を振るったことを頭に入れておいてもいいだろう。
この映画には、そんな綱引きが巧みにアレンジされている。ロサンゼルス市庁舎前で大気汚染に抗議するダイ・インを主催したと思われるアメリアは、環境保護論者を象徴している。これに対して、ジュディスと自動車業界の関係は、ディンゲル議員と自動車業界のそれを連想させる。この映画の面白いところはもちろん、その綱引きがポルノと結びつくところにある。前掲書でキャロルは、「ポルノが教養のある人たちの中にまで入り込んでいく」と書いているが、それを告発に利用しようと考える人間がいても不思議はない。
この映画の前半には、スモッグ警報が流れる場面があるが、実際1977年の夏には、アメリカ中の都市部で光化学スモッグによってオゾン濃度が上昇し、頻繁に基準値を超えていた。それが最もひどかったのが、ロサンゼルスとサンディエゴで、基準値超えが連日のことだったという。 |