『キス・オア・キル』のビル・ベネット監督には、時事問題を扱うオーストラリアのテレビ番組のリポーターとして活躍した経歴があり、この映画にも社会的な視点が巧みに盛り込まれている。
主人公はニッキとアルという若い詐欺師のカップル。ニッキがお色気でカモをホテルに誘い、薬を盛って眠り込んだすきに金品を奪うというのがその手口だ。しかしある日、彼らはカモが死んでいるのに気づく。しかも盗んだスーツケースには、
有名な元フットボール選手ドイルと少年や娼婦とのあられもない姿を録画したビデオテープが入っていた。そこで彼らは荒涼とした平原へと逃亡し、警察とドイルがそれぞれに彼らを追跡していく。そんな導入部はよくある話だが、そこからドラマは意外な展開を見せる。
サマンサ・ラングの『女と女と井戸の中』でも触れたように、オーストラリアでは父権制の伝統が根強く、欧米に比べて長いあいだ女性の地位が非常に低く見られてきた。このドラマの意外な展開はそんな土壌と深く結びついている。
逃亡するカップルがモーテルに泊まったとき、アルはニッキが夢遊病にかかり、勝手に歩き回っているのに気づく。そして彼らが去った後には、モーテルの主人の死体が残されている。さらに彼らがひと晩厄介になった夫婦も、翌朝には死体になっている。
実はニッキには暗い過去があった。彼女がまだ幼い頃に、母親が父親に焼き殺されるのを目撃し、それ以来彼女は、男に対する強い不信感と憎しみを持つようになっていたのだ。
果たして彼女は本当に夢遊病の殺人鬼なのだろうか。本当にというのは、もう一方で、彼女が選んだカモが死んだことや、ドイルに追われることになったのも実は偶然ではなく、彼女が仕組んだことなのではないのかという疑惑も浮かび上がってくるからだ。
この映画は、そんな謎めいたドラマを通して、ジェンダーをめぐるオーストラリアの土壌を掘り下げていくのである。
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