ブラッド・ファーザー
Blood Father Blood Father (2016) on IMDb


2016年/フランス/英語・スペイン語/カラー/88分/スコープサイズ/ドルビーデジタル
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(初出:『ブラッド・ファーザー』劇場用パンフレット)

 

 

重い過去を背負い、
周縁でもがく男の屈折と解放

 

[ストーリー] トレーラーハウスでアル中のリハビリをしながら細々と暮らす男、ジョン・リンク。血生臭い世界から足を洗った元犯罪者の彼のもとに現れたのは、数年前から行方不明になっていた一人娘リディアだった。

 ギャングとトラブルを起こし、警察にも、殺し屋にも追われる娘を守るため、父親は、これまで培ったアウトローのサバイバル術を駆使して迎え撃つことを決意する!

[以下、本作のレビューになります]

 ジャン=フランソワ・リシェ監督の『ブラッド・ファーザー』は、小説家/脚本家のピーター・クレイグが2005年に発表した同名小説を映画化したアクションスリラーであり、人間ドラマでもある。その物語はあくまでフィクションだが、設定や登場人物にはアメリカ社会の周縁の現実が様々なかたちで反映されている。

 筆者がこの映画を観ながら真っ先に思い出したのは、昨年公開されたマシュー・ハイネマン監督の『カルテル・ランド』のことだった。このドキュメンタリーでは、メキシコの麻薬カルテルが武装殺人集団に変貌を遂げ、一般市民も巻き込まれるような状況のなかで、メキシコとアメリカの双方で行動を起こす市民の姿が描き出されている。

 アメリカ側では、国境の近くに暮らす住人たちが、国境を越えて活動する麻薬カルテルに対して危機感を募らせ、自警団を結成して自分たちの生活を守っている。『ブラッド・ファーザー』でも、主人公ジョンのトレーラーハウスが、リディアを追う麻薬カルテルの一味に襲撃されたとき、父娘はいち早く駆けつけた自警団によって救われる。

 但し、筆者が注目したいのは、麻薬カルテルと自警団の関係だけではない。メキシコ側では実際に悲惨な事件が頻発しているが、アメリカ側では自警団が、不法移民を拘束することはあっても、麻薬カルテルと遭遇して、銃撃戦を繰り広げるような事態にはならない。自警団は過剰な情報に扇動されているようにも見える。そこでハイネマン監督は、自警団の中心人物のひとりであるティムという男を追いかけ、身の上話を引き出していく。

 父親から虐待されていたティムは、15歳で家を飛び出した。やがて結婚し、娘たちの父親になるが、心の傷は癒えず酒と麻薬に溺れる。そんなある日、酔って車を運転して死にかけ、財布に入れた子供たちの写真を見て目覚める。立ち直った彼は工事現場で働くが、金融危機で仕事も家も失い、車で放浪するようになる。彼が訪れる工事現場はどこも不法移民が働いていた。そして、不法移民と麻薬の流入をカルテルが支配していると知った彼は、自警団として活動するようになった。

 アメリカ社会の周縁に追いやられ、辺境で暮らす人々は、それぞれに重い過去を背負い、自分の人生を立て直そうともがいている。そんな彼らは必ずしも現実を正確に認識しているわけではないが、行動することが救いになっている。


◆スタッフ◆
 
監督   ジャン=フランソワ・リシェ
Jean-Francois Richet
脚本 ピーター・クレイグ、アンドレア・バーロフ
Peter Craig, Andrea Berloff
撮影 ロバート・ギャンツ
Robert Gantz
編集 スティーヴン・ローゼンブラム
Steven Rosenblum
音楽 スヴェン・ファルコナー
Sven Faulconer
 
◆キャスト◆
 
ジョン・リンク   メル・ギブソン
Mel Gibson
リディア エリン・モリアーティ
Erin Moriarty
ジョナ ディエゴ・ルナ
Diego Luna
カーヴィ ウィリアム・H・メイシー
William H. Macy
説教師 マイケル・パークス
Michael Parks
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(配給:ポニーキャニオン)
 

 『ブラッド・ファーザー』のジョンもそんな人間のひとりだ。酒に溺れていた彼は、断酒会に通い、リハビリに務めているが、その心中は穏やかではないように見える。彼は、非合法な活動を行うバイカー集団のリーダーで、彼の養父ともいえる“説教師”の身代わりになって服役したにもかかわらず、なにも得られなかったばかりか、娘が遠い存在になってしまったからだ。

 この映画には、物語の流れとは直接関係なさそうな断片的なエピソードが印象に残る面白さがあるが、追われる身となったジョンとリディアがヒッチハイクする場面もそのひとつだ。トラックの荷台でメキシコ人の移民労働者たちと向き合うことになったジョンは、メキシコ人が国境を越えてきて、アメリカ人の仕事を奪っていると不満を口にする。その言葉を耳にしたリディアはすかさず父親の偏見をたしなめる。もしジョンが保護観察の対象になっていなければ、自警団の先頭に立っていてもおかしくはないだろう。

 さらにもうひとつ印象に残るのが、ジョンとリディアが説教師のもとに身を寄せている間に、説教師がリディアに持論を展開する場面だ。この説教師はもともとベトナム帰還兵で、いまはナチスや南北戦争の記念品をネットで売ってそれなりに儲けているらしい。そんな彼の持論は、アメリカ社会の中心と周縁という図式と無関係ではない。中心には、平穏で安全なサバービア(郊外住宅地)に暮らし、消費社会に埋没したような裕福な人々がいる。彼らが説教師の顧客であり、独裁者たちの記念品を買い漁り、反逆者たちをファッションのトレンドに変えていくというのだ。

 こうしたエピソードに注目すると、リシェ監督が関心を持っているのが、周縁の過酷な世界をリアルに生きている者とそうでない者との違いであることがわかる。父娘がヒッチハイクで同乗するメキシコ人労働者たちはリアルに生きている。説教師もかつては誇りを持ったアウトサイダーだったかもしれないし、消費社会に関する持論には一理あるが、今ではネットビジネスによって彼自身が消費社会に取り込まれている。だから簡単に金に目が眩み、ジョンを裏切る。

 これは、麻薬カルテルのメンバーと関わったために窮地に陥った娘を、父親が命懸けで守ろうとするだけの物語ではない。過去を引きずるジョンは、娘が救いを求めてきたことをきっかけにリアルに生きることに再び目覚め、過去を清算していく。ジョンが説教師との関係を断ち切った後に、メキシコと太いパイプを持つ刑務所時代の友人との信頼関係が浮かび上がるのも興味深い。

 この映画では、アメリカの周縁に対するリシェ監督の独自の視点が、一般的なアクションスリラーとは一線を画す世界を切り拓いている。


(upload:2017/09/01)
 
 
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