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ブルゴーニュで会いましょう
Premiers Crus  Premiers crus
(2015) on IMDb


2015年/フランス/カラー/97分/スコープサイズ/DCP5.1ch
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(初出:『ブルゴーニュで会いましょう』劇場用パンフレット)

 

 

土地と結びつけられたシェイクスピア的世界

 

[ストーリー] 20歳で故郷ブルゴーニュを離れてパリで著名なワイン評論家となったシャルリ。彼の順風満帆な人生は、ある知らせで一変する。実家のワイナリーが経営不振で買収寸前だというのだ。久しぶりに実家に戻り父親と再会するが、長い間疎遠になっていた溝はなかなか埋まらない。

 「ワイン造りは家族で行うもの」という代々の家訓を守ってきた父は、家を捨てて出ていった息子を許すことができず、シャルリもまたそんな父親を疎ましく思っていた。しかし、家業であるワイナリーを手放すということは、家族の思い出が詰まった家を失うということ。

 シャルリは悩みながらも自身の手でワイナリーを再建しようと決意する。テイスティング能力は一流でも、葡萄栽培やワイン造りは全くの素人。それでも父の反対を押し切って自然風土を大切にしたワイン造りを取り入れたシャルリは、妹夫婦や幼馴染みで隣人の一流ワイナリーの娘ブランシュに助けられ、その真髄に近づいていく。

 トラブルに見舞われ、試行錯誤しながらも懸命に取り組み続ける息子を見るうちに、父の気持ちも変わり始める。家族の心が再びひとつになった時、生み出されるワイン。それは彼らを救えるだろうか――。[プレスより]

 『ブルゴーニュで会いましょう』は、メラニー・ロラン主演のスリラー『Requiem pour une tueuse(英題:Requiem for a Killer)』(11)で長編デビューしたジェローム・ル・メール監督の第2作です。フランスを代表するワインの名産地ブルゴーニュを舞台に、ワインに独自性を生み出す土地とそこに生きる家族の関係を描き出しています。

[以下、本作のレビューになります]

 ジェローム・ル・メール監督の『ブルゴーニュで会いましょう』では、歴史あるドメーヌの存亡をめぐる父親フランソワと息子シャルリの葛藤、そして彼らマルシャル家と隣のモービュイソン家の深い因縁が描き出される。そんな物語で重要な位置を占めているのは、ブルゴーニュという舞台だ。その舞台が持つ意味は、ワインを題材にした2本の映画と対比してみるとより明確になる。

 1本はジョナサン・ノシター監督のドキュメンタリー『モンドヴィーノ』(04)だ。グローバリゼーションの時代のなかで変化するワイン産業に迫るこの映画では、せめぎ合う対照的なワイン造りが掘り下げられていく。一方には、大地に深く根を下ろし、テロワールにこだわる生産者が存在する。テロワールとは、土壌や地勢、気候などブドウの生育環境を総称する言葉で、それがワインの独自性を生み出す。映画にはその代表としてブルゴーニュの生産者が登場する。これに対して、世界を股にかけるワイン・コンサルタントやカリスマ評論家、カリフォルニアのワイン王が、技術や資本を駆使して世界のワインをブランド化し、標準化していく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ジェローム・ル・メール
Jerome Le Maire
脚本 レミ・ブザンソン、ヴァネッサ・ポータル
Remi Bezancon, Vanessa Portal
撮影監督 ダヴィッド・ウンガロ
David Ungaro
編集 シルヴィ・ランドラ
Sylvie Landra
音楽 ジャン=クロード・プティ
Jean-Claude Petit
 
◆キャスト◆
 
フランソワ・マレシャル   ジェラール・ランヴァン
Gerard Lanvin
シャルリ・マレシャル ジャリル・レスペール
Jalil Lespert
ブランシュ・モービュイソン アリス・タグリオーニ
Alice Taglioni
マリー ローラ・スメット
Laura Smet
マルコ ラニック・ゴートリー
Lannick Gautry
エディット・モービュイソン フレデリック・ティルモン
Frederique Tirmont
-
(配給:クロックワークス/
アルバトロス・フィルム)
 

 そんな変化は、この映画に描かれるふた組の親子の関係にも反映されているように見える。フランソワや隣家を仕切る母親エディットは大地に根を下ろして生きてきた。これに対して、土地に縛られることを嫌ったシャルリは、家を飛び出し、業界に影響力を持つワイン評論家として不動の地位を築いた。エディットの娘ブランシュは、アメリカ人の同業者をパートナーに選び、土地を引き継いで守っていくために「世界中で学んだ」と語る。その考え方は、畑に一生を捧げている母親とは違う。

 このドラマでは土地が鍵を握っているが、土地をテロワールと置き換えることもできる。その言葉は映画の前半、シャルリのなかに祖父の記憶がよみがえるところで出てくる。祖父はまだ少年だったシャルリに、この言葉を使って畑のランクの違いを説明していた。評論家として成功を収めたシャルリが、実家に戻ってワイン造りに乗り出すのは、自身が土にまみれ、テロワールを見極められなかったことが心残りになっていたからでもある。

 ちなみに、ワイン評論家マット・クレイマーの『ブルゴーニュワインがわかる』では、以下のような表現によって、ブルゴーニュとテロワールの結びつきが強調されている。「『テロワール』という考えかたはブルゴーニュだけのものではないが、これをあますことなく体現するのは、この地をおいてほかにはない」

 これは、シャルリが自ら土地を耕すことによって、テロワールを確認していく物語と見ることもできる。もちろんそれは容易なことではない。興味深いのは、彼がシートを使って畑を暴風雨から守ろうとするエピソードだ。評論家としての彼は、なんでも自分で決めることができたが、自然を思い通りにすることはできない。彼はそんな経験を経てエディットの境地に近づいていく。彼女は、畑が求めるものを与えるが、一生を捧げても畑はそれ以上を要求すると語る。つまり、畑や自然が主であって、人はその声を聞き、従うしかないのだ。

 そしてもう1本、この映画と対比してみたいのが、『パリ空港の人々』(96)や『ミックマック』(09)の製作者としても知られるジル・ルグランが監督した『Tu seras mon fils(英題:You Will Be My Son)』(11)だ。

 主人公は、ボルドーのサンテミリオンで11代も続くシャトーを営むポール。彼とブドウ畑の管理人フランソワは信頼関係で結ばれ、40年にわたってワインを造り続けてきたが、そのフランソワが癌で余命半年と宣告される。ポールは新たなパートナーを見つけ出さなければならない。そこで自分の息子マルタンに任せるのが自然な流れだが、彼は息子を軽蔑している。味覚や感性をまったく信用していないのだ。そんなとき、フランソワの息子で、マルタンの幼なじみでもあるフィリップが、父親の病を知ってアメリカから帰国する。カリフォルニアでワイン造りに従事してきた彼は、豊かな経験と感性を備えていた。そんなフィリップに魅了されたポールは、彼を養子にしようと画策する。

 このように書くと、なぜボルドーを舞台にした作品をここで取り上げるのか不思議に思われるかもしれない。実はルグラン監督はこの映画をブルゴーニュで撮るつもりだったが、望ましいロケ地が見つからず、ボルドーに変更した。そんな事情を踏まえて2作品を対比してみると、その共通点から監督たちがなぜブルゴーニュに惹かれるのかわかるのではないか。ブルゴーニュであれば、たとえ時代が現代であっても、余計な脚色を施すことなくシェイクスピアに通じる魅力的な物語を語ることができるのだ。

 『ブルゴーニュで会いましょう』では、土地を体現するテロワールとシェイクスピア的な世界が巧みに結びつけられている。そこにはブルゴーニュでなければ描けないドラマがある。

《参照/引用文献》
『ブルゴーニュワインがわかる』マット・クレイマー●
阿部秀司訳(白水社、2000年)

(upload:2017/07/12)
 
 
《関連リンク》
グローバリゼーションと地域社会の崩壊
――『モンドヴィーノ』と『そして、ひと粒のひかり』をめぐって
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