ヴィオラ奏者としても評価されているドゥニ・デルクール監督にとって、長編5作目となるこの映画では、復讐のドラマと音楽が複雑に絡み合い、異様な緊張感を生み出していく。
ピアニストになるという少女メラニーの夢は、コンセルヴァトワールの実技試験で、人気ピアニストの審査員アリアーヌがとった無神経な振る舞いによって打ち砕かれる。
それから十数年後、美しく成長したメラニーが、事故が原因で不安を抱えているアリアーヌの前に現れる。まず、彼女の夫の弁護士事務所で実習生として働くようになり、彼女の息子の子守を引き受け、そして彼女の譜めくりとなる。
この復讐劇を印象深いものにしているのは、“音楽”というグレーゾーンだろう。メラニーはアリアーヌを憎みつづけてきたはずだが、音楽を憎んでいるわけではない。少女時代にひたすらレッスンに励んできたのであれば、意識よりも感覚が反応するだろう。
譜めくりの良し悪しは、自信を失ったピアニストの演奏の成否を左右する。メラニーはアリアーヌの不安と緊張を理解し、アリアーヌは彼女に全幅の信頼を寄せるばかりか、危険な恋愛感情まで抱くようになる。
ふたりの女のあいだのグレーゾーンは、ある意味で過去へとさかのぼるともいえる。実技試験でアリアーヌが無神経な行動をとったとしても、結果はやはりメラニー自身の問題だ。そして、成長したメラニーがグレーゾーンにアリアーヌを誘い込んだとしても、運命を選択しているのは彼女自身なのだ。
純粋で多感な頃に絶望的な挫折を味わうことの残酷さと、成功の人生や幸福な家庭が崩れ去ることの残酷さ。この映画では、抑制が効いた演出によって、ふたつの運命が見事に対置されている。
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