[ストーリー] 内気でコミュニケーションが不得手なゴミ清掃員の若者サイモンは、精神的に不安定な母親とセックス依存症の姉とニューヨークのクイーンズで暮らしている。ある日、謎の放浪者ヘンリーが彼の前に現れ、家の地下室に住みつく。自称作家のヘンリーは、サイモンに書くことを勧め、ノートを渡す。サイモンはしだいに書くことにのめり込むようになり、やがて詩の才能を開花させ、世間の注目を集めるようになるが――。
ニューヨーク・インディーズの才人ハル・ハートリーは、その代表作『トラスト・ミー』で、画一的で不毛な郊外の世界を鋭い洞察と独特のユーモアで巧みに描き出してみせた。この新作『ヘンリー・フール』でも、そんな郊外の世界が、非常に興味深い切り口で掘り下げられている。
自分には才能があると思い込んでいるだけで、実際には編集者からまったく評価されないヘンリーと、彼に感化されて、図らずも詩人として名声を得るサイモン。彼らの皮肉なコントラストは、自称芸術家と本物の才能との違いだけを意味しているわけではない。才能を開花させたサイモンが郊外を抜けだすのに対して、自由人だったはずのヘンリーが逆にそこにからめとられることになるからだ。
そんなドラマで注目しなければならないのは、才能とモラルの関係だろう。淫行の前科があり、サイモンの母親や姉とも関係を持ってしまうヘンリーには、一見モラルのかけらもないように見える。しかし、画一的な生活に縛られているだけで、実はもっとモラルが欠如しているのが郊外の世界なのだ。
だからこそサイモンはひとつのきっかけから才能を発揮し、逆に自分なりのモラルがあるヘンリーは、郊外の生活に縛られるだけでなく、やがて隣人の家庭内暴力の問題にまで巻き込まれ、窮地に立たされる。
この映画のラストが感動的なのは、単にそこに男同士の友情が見られるからではなく、サイモンが初めてモラルで行動し、詩人ではなく人間としての自分をも救うことになるからなのだ。 |