『銀のエンゼル』のコンビニは、そんな群像劇を作り上げるのにふさわしい舞台といってよいだろう。周囲に何もないような場所にぽつんと建つこのコンビニは、仕事熱心な警官や電話魔の女性客からダンスの練習に励む高校生のグループまで、様々な人々が集まるコミュニティになっているのだ。
そして、もうひとつの共通点として見逃せないのが、主人公たちを引き寄せるような磁場を生みだすアイテムである。それは、"夢のマンホール"であり、"過去を忘れられる薬"だ。『man-hole』の希は、"夢のマンホール"の噂を信じているわけではないが、八方塞の状況に陥ったために、その噂に救いを求める。しかし最後には、そんなマンホールが存在するかどうかは問題ではなくなる。彼女はマンホールのなかで、自分自身を見つめなおすのだ。
『river』の男たちも、魔法のような薬を手に入れて、重い過去を忘れ去ることはない。薬を強奪する計画は、男たちを故郷の小学校へと導き、彼らはそれぞれに自分の過去と向き合うことになる。主人公たちは最初、そうしたアイテムに希望を見出すが、突き詰めればそれはあまりにも安易な答であり、幻想に過ぎない。ところが、群像劇のなかでそのアイテムは変質し、彼らが何か他のものに頼ることなく、自分で答を見出すための糸口となるのだ。
では、『銀のエンゼル』でそのアイテムになるものはといえば、それは、題名でもある"銀のエンゼル"だ。明美は、5枚目の銀のエンゼルを手に入れるために、毎晩チョコボールを買って帰るが、それを自分で選ぼうとはしない。これまで運に恵まれることがなかった彼女は、人に頼ろうとするのだ。しかし、自分の選択で前に踏みだせずにいるのは、彼女だけではない。
由希は、東京の美大に進学しようと心に決めているが、それをはっきりさせて前に踏みだすことができない。だから、同級生の中川やコンビニの店員である佐藤の動向を伺い、彼らの力を借りて東京に出ようとする。入院した妻の代わりに深夜の勤務につくことになった昇一は、コンビニの経営に戸惑いを覚える。彼はもともと農業をやっていて、周囲の人々に持ち上げられてコンビニのオーナーになり、店を妻にまかせて、気ままな日々を送ってきた。つまり、これまで自分の選択で前に踏みだしたことがない。そんな彼にとって、現在の状況は自分の立場を明確にする機会でもあるはずだが、彼は農業への未練を捨て去ることができない。この由希や昇一もまた、安易な答としての銀のエンゼルを求めているといえる。
そして、この群像劇のなかで、そんな銀のエンゼルというアイテムの意味を変えていくのが、佐藤というどこか謎めいた人物だ。この映画では、彼の過去は明らかにはされない。なぜ彼は警察に追われているのか、彼が手を合わせる仏壇の遺影は誰なのか、彼とどんな関係にあった人物なのか。それは、観客の想像に委ねられているが、それでもひとつだけはっきりしていることがある。彼は、自分で選択して実行したことなら、たとえ悪い結果が出たとしても、必ずそこから得るものがあるということを経験から知っている。
この映画は、雪虫が舞うところから始まり、初雪が町を覆っていくところで終わる。その限定された時間は、このドラマを印象深いものにしていく。自分がはっきりと見えている佐藤は、誰も知らないところで、雪に備えるかのようにある作業を進め、初雪の前にそれを終える。そんな佐藤との触れ合いは、未来に対して迷いがある昇一や由希が、自分の選択で前に踏みだすための糸口ともなる。彼が店に残していった制服からは、本来なら明美が引き当てていたはずの銀のエンゼルが出てくる。最後にしっかりと向き合うことになる昇一や由希にとっては、初雪のなかに消え去った彼こそが銀のエンゼルなのだ。 |