銀のエンゼル
Angel in the Box  Gin no enzeru
(2004) on IMDb


2004年/日本/カラー/110分/ヴィスタ/DTSステレオ
line
(初出:『銀のエンゼル』劇場用パンフレット)

 

 

迷える主人公たちを導く“銀のエンゼル”

 

 『銀のエンゼル』が通算3作目となる鈴井貴之監督の作品には、いくつかの共通点がある。

 ひとつは、いうまでもなく常に北海道を舞台としていることだ。但しそれは、中央と地方という単純で時代錯誤的な図式にたやすく取り込まれてしまうような素朴で牧歌的な北海道ではなく、現実に根ざし、人々の日常生活が見えてくる北海道である。

 たとえば、1作目の『man-hole』は、札幌の郊外にあるこぎれいな新興住宅地から始まる。17歳の女子高生である希は、両親と典型的な一戸建てに暮らしているが、彼らの間に会話はなく、家族は崩壊しつつある。

 サスペンス・タッチの2作目『river』では、ドラマの舞台が終盤で、札幌から炭鉱の閉山にともなって廃校となった故郷の小学校に変わり、時代の流れや社会の変化が浮かび上がってくる。そして、この『銀のエンゼル』では、コンビニを舞台に、北海道の田舎町の日常が描きだされる。

 それから、群像劇に対するこだわりがある。鈴井監督の映画には、立場が異なる様々な人物が登場し、彼らは予期せぬ出会いや触れ合いのなかで変化していく。

 『man-hole』では、鬱屈した日々を送る希と正義感のかたまりのような巡査の小林を中心に、希がバイトするコンパニオンクラブの元締めや女子高生たち、交番に勤務する小林の同僚たちのエピソードが、ユーモアも交えて描かれる。そして、家出して帰るところがなくなった希は、ひったくりにあったときに助けてくれた小林と行動をともにするようになる。彼らは、願い事が叶うという"夢のマンホール"を探しにいくのだ。

 『river』には、犯人の人質にされた通行人の命を守ることができなかった警官の佐々木や、結婚式を目前にして婚約者が事件に巻き込まれ、殺害された藤沢など、重い過去を背負う男たちが登場する。小学校の同窓会で久しぶりに再会した4人の男たちは、奇妙な成り行きで"過去を忘れられる薬"を強奪する計画に引き込まれていく。


       ◆スタッフ◆

監督/原案   鈴井貴之
脚本

木田紀生

撮影 猪本雅三
編集 上野聡一
音楽 長嶌寛幸

       ◆キャスト◆

北島昇一   小日向文世
北島由希 佐藤めぐみ
小林明美 山口もえ
佐藤耕輔 西島秀俊
北島佐和子 浅田美代子
白下巡査 嶋田久作
ロッキー 大泉洋

(配給:メディア・スーツ
     +プログレッシブ ピクチャーズ
)
 


 『銀のエンゼル』のコンビニは、そんな群像劇を作り上げるのにふさわしい舞台といってよいだろう。周囲に何もないような場所にぽつんと建つこのコンビニは、仕事熱心な警官や電話魔の女性客からダンスの練習に励む高校生のグループまで、様々な人々が集まるコミュニティになっているのだ。

 そして、もうひとつの共通点として見逃せないのが、主人公たちを引き寄せるような磁場を生みだすアイテムである。それは、"夢のマンホール"であり、"過去を忘れられる薬"だ。『man-hole』の希は、"夢のマンホール"の噂を信じているわけではないが、八方塞の状況に陥ったために、その噂に救いを求める。しかし最後には、そんなマンホールが存在するかどうかは問題ではなくなる。彼女はマンホールのなかで、自分自身を見つめなおすのだ。

 『river』の男たちも、魔法のような薬を手に入れて、重い過去を忘れ去ることはない。薬を強奪する計画は、男たちを故郷の小学校へと導き、彼らはそれぞれに自分の過去と向き合うことになる。主人公たちは最初、そうしたアイテムに希望を見出すが、突き詰めればそれはあまりにも安易な答であり、幻想に過ぎない。ところが、群像劇のなかでそのアイテムは変質し、彼らが何か他のものに頼ることなく、自分で答を見出すための糸口となるのだ。

 では、『銀のエンゼル』でそのアイテムになるものはといえば、それは、題名でもある"銀のエンゼル"だ。明美は、5枚目の銀のエンゼルを手に入れるために、毎晩チョコボールを買って帰るが、それを自分で選ぼうとはしない。これまで運に恵まれることがなかった彼女は、人に頼ろうとするのだ。しかし、自分の選択で前に踏みだせずにいるのは、彼女だけではない。

 由希は、東京の美大に進学しようと心に決めているが、それをはっきりさせて前に踏みだすことができない。だから、同級生の中川やコンビニの店員である佐藤の動向を伺い、彼らの力を借りて東京に出ようとする。入院した妻の代わりに深夜の勤務につくことになった昇一は、コンビニの経営に戸惑いを覚える。彼はもともと農業をやっていて、周囲の人々に持ち上げられてコンビニのオーナーになり、店を妻にまかせて、気ままな日々を送ってきた。つまり、これまで自分の選択で前に踏みだしたことがない。そんな彼にとって、現在の状況は自分の立場を明確にする機会でもあるはずだが、彼は農業への未練を捨て去ることができない。この由希や昇一もまた、安易な答としての銀のエンゼルを求めているといえる。

 そして、この群像劇のなかで、そんな銀のエンゼルというアイテムの意味を変えていくのが、佐藤というどこか謎めいた人物だ。この映画では、彼の過去は明らかにはされない。なぜ彼は警察に追われているのか、彼が手を合わせる仏壇の遺影は誰なのか、彼とどんな関係にあった人物なのか。それは、観客の想像に委ねられているが、それでもひとつだけはっきりしていることがある。彼は、自分で選択して実行したことなら、たとえ悪い結果が出たとしても、必ずそこから得るものがあるということを経験から知っている。

 この映画は、雪虫が舞うところから始まり、初雪が町を覆っていくところで終わる。その限定された時間は、このドラマを印象深いものにしていく。自分がはっきりと見えている佐藤は、誰も知らないところで、雪に備えるかのようにある作業を進め、初雪の前にそれを終える。そんな佐藤との触れ合いは、未来に対して迷いがある昇一や由希が、自分の選択で前に踏みだすための糸口ともなる。彼が店に残していった制服からは、本来なら明美が引き当てていたはずの銀のエンゼルが出てくる。最後にしっかりと向き合うことになる昇一や由希にとっては、初雪のなかに消え去った彼こそが銀のエンゼルなのだ。


(upload:2005/05/29)
 

《関連リンク》
鈴井貴之インタビュー 『銀色の雨』 ■

 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp
 


copyright