東京事変の新作には、これまでにない猥雑でフレキシブルなサウンドがある。前作の『大人<アダルト>』では、ジャズやボサノヴァ、ラウンジなど、曲ごとのテイストが比較的はっきりしていて、クリアなサウンドが追及されていたが、新作では曲ごとに多様な要素が複雑に入り混じり、リズムもめまぐるしく緩急自在に変化し、弾けていく。決して簡単には終わらない。
そんな変化は、椎名林檎が作曲をメンバーにまかせ、作詞と歌唱に専念していることと無縁ではないだろう。メンバーそれぞれのポップな感性が高度な融合を遂げ、緊密なコラボレーションには、至るところに遊びも散りばめられている。彼らはポップにこだわり、既成のポップの枠組みを巧妙に逸脱しつつ、その可能性を様々な方向へと確実に押し広げていく。
そして、歌詞にも注目する必要があるだろう。林檎が作詞と歌唱に専念しているためなのか、前作『大人』のレコーディングの準備を進めていた時期とではまったく精神状態が違うためなのか、あるいは、アルバムのタイトル以上に具体的で明確なテーマが設定されているためなのか定かではないが、歌詞から浮かび上がってくる世界やイメージの変化にも非常に興味をそそられる。
もちろんその独特の言語感覚やひねりに満ちた歌詞をすんなりと把握するのは難しいが、少なくとも外部に向かって開かれていることは明らかだ。『大人』では、具体的に東京や都市に結びつくのが<ブラックアウト>くらいで、大半の曲では男と女や内面的な世界が掘り下げられていた。しかし、この新作では、いつものようにシンメトリーをなす曲目の両端に配置された<ランプ>にフリーウェイがあり、<メトロ>に街やプラットフォームがある。<私生活>には都市生活があり、空間や方向を象徴する地図やコンパスがあり、<某都民>には「東京」と「事変」が刻み込まれている。そして、バンドが生み出す猥雑なサウンドは、そんな都市をめぐるヴィジョンにしっかりはまっている。
|