「ストレート・レザー」

今村楯夫訳/新潮社/2000年
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(初出:「STUDIO VOICE」2000年10月号、若干の加筆)
エイズと権力の戯れを描く政治的ポルノグラフィ

 本書の巻頭には、バラードの「クラッシュ」の序文からこんな言葉が引用されている「ある意味でポルノグラフィは書くというかたちの中で最も政治的な形態だ。最も切迫したやり方で、いかにお互いを利用し、食い物にするかということにかかわっている」。

 12の短編からなる本書は、現代アメリカ社会の深層を、ポップかつポストモダンなスタイルであぶりだすポルノグラフィといえる。ジェフィは、ジェフリー・ダーマーの猟奇殺人や警官によるロドニー・キング暴行、湾岸戦争といった具体的な出来事を参照しつつ、セックス、ドラッグ、暴力、エイズ、ストリート、メディア、ハイテク、階層、核家族、人種、高度消費社会などを多様な視点で切り取り、奇妙な状況や会話を導きだす。

 女性テロリストを処刑した執行人は、その帰途に服装倒錯の若いカップルの襲撃に遭い、陰毛を剃られる。女性下着を身に着けたまま万引きしようとして逮捕された優良企業の副社長は、メディアと企業、文化人によって服装倒錯ブームの火付け役に祭り上げられる。赤信号で停車した父親は、男に喉を掻き切られて車を奪われ、少年を車に誘い込んだTV伝道師は、逆に銃を突きつけられて車を奪われ、 おとり捜査の警官たちは、ヘリで現れた忍者風テロリストに襲撃され、車を奪われる。


―ストレート・レザー―
▼目次▼
第一部
ストレート・レザー
ゴム手袋
カウンター・クチュール
ネクロ
ストーカー
迷彩服とヤクとビデオテープ

第二部
F2M
シリーズ / シリアル
カージャック
戦時中にすべきこと
透明人間
セックス・ゲリラ


 ジェンダー、加害者と被害者、あるいは、法の番人や執行者と犯罪者の立場が瞬時に転倒し、境界が消失していく。しかしそれと同時に別な力の構造が前景化する。その鍵を握るのはエイズだ。ほとんどの短編で触れられるエイズには特別な意味がある。

 たとえば、防菌加工が施されたコンドミニアムの刑務所には、娯楽施設があるが、「ヘロイン常用者、重犯罪者、エイズ患者、黒人の下層階級者」などは規定外の者として使用が禁じられている。ここで、規定外の者を暗黙のうちに規定しているのはエイズだといえる。 この短編集には、ゴム手袋、ゴム靴、ゴム製の防御服といった言葉が随所に散りばめられている。さらに、白人の警官たちが褐色の男に暴行を加える場面は、次の瞬間に、男を踏みつける「黒くて重い警官靴」と感染しているかもしれない男の血の印象的な描写に置き換えられ、 黒と褐色のギャング団がおとり捜査の警官を襲撃しようとした事件では、エイズに罹った彼らが女性警官を感染させようとしていたという噂の流布が示唆される。

 つまり前景化するのは、エイズとゴム製品、そして、警察靴や銃器、鉄を埋め込んだワークブーツや軍用ヘルメットが象徴するものが司るシステムだ。人種差別やナショナリズム、犯罪や大量虐殺は、このシステムのうえで踊っているにすぎない。 高度消費社会のなかで均質化された人間は、差し替え可能な存在になる一方で、エイズを操る権力によって本質的な快楽を奪われ、規定される。そんなエイズと権力の戯れが、この短編集をきわめて政治的なポルノグラフィにしているのだ。



(upload:2001/08/26)

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