ジェンダー、加害者と被害者、あるいは、法の番人や執行者と犯罪者の立場が瞬時に転倒し、境界が消失していく。しかしそれと同時に別な力の構造が前景化する。その鍵を握るのはエイズだ。ほとんどの短編で触れられるエイズには特別な意味がある。
たとえば、防菌加工が施されたコンドミニアムの刑務所には、娯楽施設があるが、「ヘロイン常用者、重犯罪者、エイズ患者、黒人の下層階級者」などは規定外の者として使用が禁じられている。ここで、規定外の者を暗黙のうちに規定しているのはエイズだといえる。
この短編集には、ゴム手袋、ゴム靴、ゴム製の防御服といった言葉が随所に散りばめられている。さらに、白人の警官たちが褐色の男に暴行を加える場面は、次の瞬間に、男を踏みつける「黒くて重い警官靴」と感染しているかもしれない男の血の印象的な描写に置き換えられ、
黒と褐色のギャング団がおとり捜査の警官を襲撃しようとした事件では、エイズに罹った彼らが女性警官を感染させようとしていたという噂の流布が示唆される。
つまり前景化するのは、エイズとゴム製品、そして、警察靴や銃器、鉄を埋め込んだワークブーツや軍用ヘルメットが象徴するものが司るシステムだ。人種差別やナショナリズム、犯罪や大量虐殺は、このシステムのうえで踊っているにすぎない。
高度消費社会のなかで均質化された人間は、差し替え可能な存在になる一方で、エイズを操る権力によって本質的な快楽を奪われ、規定される。そんなエイズと権力の戯れが、この短編集をきわめて政治的なポルノグラフィにしているのだ。
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