コミックに新たな次元を切り開いたクリス・ウェアの代表作『JIMMY CORRIGAN』。3冊に分けて発売されるその日本語版の第1巻を読んで、筆者がまず連想したのは、トッド・ギトリンのこんな文章だった。「そもそも自己の帰属性や価値について自信が持てなくなった時、不安に駆られるのは自然な反応であるが、中でもアメリカ人は人に認められること、排除されることを恐れること、帰属意識をもつこと、自分が価値ある人間だと自覚することに誰よりも敏感な国民である」(『アメリカの文化戦争』)
このコミックの主人公は、タイトルにあるジミー・コリガンだが、彼は一人ではない。まず、現代を生きる36歳のジミーが登場する。彼は年よりも老けて見え、会社で雑用係として働き、老人ホームにいる母親を除けば話し相手もいない。ひどく孤独で、情緒面に問題を抱え、世間から見捨てられている。ある日、そんな彼のもとに顔も知らない父親から手紙が届き、彼はシカゴからミシガンに飛び、その父親と対面する。もう一人のジミーは、彼の祖父で、その少年時代の物語が描かれる。ジミー少年は、父親に連れられてシカゴの祖母の家に引っ越してくる。その父親の目当ては、病床にある祖母の遺産だ。そして、粗暴な父親に怯えるジミー少年もまた、ひどく孤独で、情緒面に問題を抱えている。
二人のジミー、あるいは四世代に渡るコリガン家の男たちの物語の背景には、1890年代から1980年代に至る百年近い時の流れがある。しかも、その物語では現在と過去、そしてジミーの夢や幻想が入り組んでいく。クリス・ウェアは、スーパーマンや馬、桃、拳銃などの象徴的なイメージ、シャワーや電話などの音にこだわった表現、細かなテキスト、緻密な計算に基づくレイアウトや色のバランス、ペーパー・クラフトなど、多様なアイデアと手法を駆使して、この二組の親子の世界を結びつけ、ひとつの宇宙を作り上げていく。
二人のジミーは、時を隔てて、同じストリートや建物を目にしている。彼らが窓から外を見る場面や逆に窓の向こうに彼らの姿が浮かび上がる場面が強調されていることにも注目すべきだろう。窓という境界は、彼らの閉ざされた世界を象徴している。ちなみに、彼らにとって曽祖父と父親にあたるコリガン氏は、ガラス工であり、彼が窓ガラスを配達し、窓枠にはめこむ場面も描かれている。
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