パティ「この作品の鍵となるのが、昔の映像でした。ドキュメンタリーとはいっても、トーキング・ヘッズ、すなわちある問題に対して、賛成派と反対派に分かれてああだこうだと議論するようなタイプの作品ではないわけです。むしろ観客が、登場人物たちとともにひとつの旅を体験するような、ある意味、フィクション的な要素もある作品なのです。私たちは、だいたい50時間くらいの映像を集めました。たとえば、横田夫妻が70年代に「小川宏ショー」に出演されていることはすでに知っていたので、自分たちの頭の中にある物語の骨格に沿って、ターゲットを絞り込んでいったのです」
『めぐみ』が、海外の映画祭や一般上映で注目を集めているのは、拉致問題という題材を、政治的な問題ではなく、家族の物語として描いているからだ。この映画は、拉致問題が世界で広く認知されていくきっかけになるだろう。
クリス「それは間違いないですね。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドで、半年前にはこの事件を知らなかった何千人という人々が、この映画を見て関心を持っているのですから」
パティ「この問題が海外であまり知られていないのは、国家や政府レベルの交渉としてとらえられてきたからだと思います。そうではなくて、普通の人の生命や人生がかかっているとわかると、多くの人が急に興味を持ち始める。だから、この映画は、問題が理解されていく入口になると思います」
家族の物語を語る『めぐみ』には、監督たちの映画に対する興味が反映されているように思える。
パティ「私たちは、ストーリーを語ることに興味があるので、ドキュメンタリーだけではなく、劇映画でも何でも観ます。クリスに教えてもらった『アルジェの戦い』もとても好きな作品です」
クリス「『アルジェの戦い』は古典ですね。ドキュメンタリーではないけれど、ドキュメンタリーのスタイルで撮られているところが新鮮でした。マイケル・ムーアの『ロジャー&ミー』にも触発されました。これまでのドキュメンタリーとは違うものがあったから。いまではマイケル自身が別人ですが。アカデミー賞を受賞した『ブラック・サンデー ミュンヘン・テロの真実』や『チャレンジ・キッズ』もとても印象に残っています」
そして、『めぐみ』の製作総指揮を務めたのが、あのジェーン・カンピオンであることにも注目しておく必要があるだろう。
パティ「ジェーンと出会ったのは16年前のことです。この映画は、素材が膨大なので、自分たちが道を誤らないように第三の眼が必要だと思い、手元にある短い映像を彼女に送って、意見を求めたんです。そうしたら熱烈な反応があったので、映像をどんどん送りつづけ、その度にコメントをもらい、最終的には製作総指揮として作品に加わってくれたんです。そのコメントの中には、簡潔で古典的な物語にしなさいというアドバイスがありました。彼女は今年の6月にシドニーで、初めて大きなスクリーンでこの映画を観たんですが、終わった後にすぐに言葉も出ないくらい心を動かされていました」
|