クリス・シェリダン&パティ・キム・インタビュー
Interview with Chris Sheridan and Patty Kim


2006年
めぐみ―引き裂かれた家族の30年/Abduction: The Megumi Yokota Story――2006年/アメリカ/カラー/90分/ヴィスタ/ステレオSR
line
(初出:「キネマ旬報」2006年12月上旬号)

愛する者のために戦う家族の物語
――『めぐみ―引き裂かれた家族の30年』

 『めぐみ―引き裂かれた家族の30年』は、クリス・シェリダンとパティ・キム夫妻にとって最初の長編ドキュメンタリーとなる。ジャーナリストとして活動し、テレビで様々なドキュメンタリーを手がけてきた彼らは、以前から拉致問題を知っていたわけではない。

パティ「この作品が生まれるプロセスには自然な流れがありました。きっかけは、アメリカの新聞で(小泉総理初訪朝の)記事を偶然目にしたことでした。陳腐に聞こえるかもしれませんが、短い人生の中で心から情熱を注げる題材を求めていた私たちは、拉致被害者の家族が置かれた奇妙な状況の中に、強烈な人間ドラマがあると感じ、思い切って飛び出してきたんです。これは、愛する者のためにいろいろな力に対抗し、戦っている人々の物語であり、その本質は、人間であるということは、私たちを繋いでいる絆とは、どういうものなのかということだと思います」

 『めぐみ』は、拉致問題を題材にしたドキュメンタリーであると同時に、家族の物語でもある。そこには、ジャーナリストである監督たちですら知らなかった事実を、世界に向かって物語ろうとする姿勢がはっきりと表れている。

クリス「他の国々の人々が理解し、感情移入できるように、家族の日常的な風景を撮りたかった。そのために私たちがとった方法というのは、クルーを最大でも三人に絞り、カメラも非常に小型のソニーのVX2000を使うことでした。カメラが小さければ、シリアスな空気にならずにすみますから」

パティ「横田夫妻に最初にお会いした時に、海外の人々の共感を得られるように、より親密でプライベートな姿を撮らせていただきたいとお願いしました。もちろん最初は戸惑いもあり、慣れるまでに少し時間はかかりましたが、最終的に理解していただけました」

 『めぐみ』には、監督たちが実際に接した家族の日常だけではなく、日本でこれまで放送されてきたテレビのニュース映像もふんだんに盛り込まれている。


◆プロフィール◆

クリス・シェリダン&パティ・キム
 クリス・シェリダン、1969年6月11日アメリカ生まれ、パティ・キム、1969年12月9日カナダ生まれ。新聞編集者を経て、プロデューサー、ディレクターとして数本のドキュメンタリーなどを手がけたクリスと、CBCの看板キャスターの一人であるパティは、2000年5月に結婚。ワシントンDCを拠点に、夫婦の監督チームとして活動している。モンゴルを「心の故郷」と考える二人は、過去の作品では、北アフリカ、アジア、南米をはじめ、深さ1.5マイルの海図にない太平洋にまで及ぶ撮影を敢行し、ナショナル・ジオグラフィックからの受賞経験を持つ。またPBS(Public Broadcasting System/アメリカの公共放送サービス)、CBC(カナダ放送協会)、NBC(アメリカ)、CBS(アメリカ)などのテレビ局でも作品を残している。
 その名を世に知らしめたのは、ソマリアで暴徒に殺された若きフォトジャーナリストの数奇な人生と、その後を描いた“Deadly Destiny”で、2004年のニューヨーク国際インディペンデント映画祭において最優秀作品賞を受賞している。
 『めぐみ−裂かれた家族の30年』は、二人にとって最初の長編ドキュメンタリー作品である。
(『めぐみ』プレスより引用)


 

パティ「この作品の鍵となるのが、昔の映像でした。ドキュメンタリーとはいっても、トーキング・ヘッズ、すなわちある問題に対して、賛成派と反対派に分かれてああだこうだと議論するようなタイプの作品ではないわけです。むしろ観客が、登場人物たちとともにひとつの旅を体験するような、ある意味、フィクション的な要素もある作品なのです。私たちは、だいたい50時間くらいの映像を集めました。たとえば、横田夫妻が70年代に「小川宏ショー」に出演されていることはすでに知っていたので、自分たちの頭の中にある物語の骨格に沿って、ターゲットを絞り込んでいったのです」

 『めぐみ』が、海外の映画祭や一般上映で注目を集めているのは、拉致問題という題材を、政治的な問題ではなく、家族の物語として描いているからだ。この映画は、拉致問題が世界で広く認知されていくきっかけになるだろう。

クリス「それは間違いないですね。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドで、半年前にはこの事件を知らなかった何千人という人々が、この映画を見て関心を持っているのですから」

パティ「この問題が海外であまり知られていないのは、国家や政府レベルの交渉としてとらえられてきたからだと思います。そうではなくて、普通の人の生命や人生がかかっているとわかると、多くの人が急に興味を持ち始める。だから、この映画は、問題が理解されていく入口になると思います」

 家族の物語を語る『めぐみ』には、監督たちの映画に対する興味が反映されているように思える。

パティ「私たちは、ストーリーを語ることに興味があるので、ドキュメンタリーだけではなく、劇映画でも何でも観ます。クリスに教えてもらった『アルジェの戦い』もとても好きな作品です」

クリス「『アルジェの戦い』は古典ですね。ドキュメンタリーではないけれど、ドキュメンタリーのスタイルで撮られているところが新鮮でした。マイケル・ムーアの『ロジャー&ミー』にも触発されました。これまでのドキュメンタリーとは違うものがあったから。いまではマイケル自身が別人ですが。アカデミー賞を受賞した『ブラック・サンデー ミュンヘン・テロの真実』や『チャレンジ・キッズ』もとても印象に残っています」

 そして、『めぐみ』の製作総指揮を務めたのが、あのジェーン・カンピオンであることにも注目しておく必要があるだろう。

パティ「ジェーンと出会ったのは16年前のことです。この映画は、素材が膨大なので、自分たちが道を誤らないように第三の眼が必要だと思い、手元にある短い映像を彼女に送って、意見を求めたんです。そうしたら熱烈な反応があったので、映像をどんどん送りつづけ、その度にコメントをもらい、最終的には製作総指揮として作品に加わってくれたんです。そのコメントの中には、簡潔で古典的な物語にしなさいというアドバイスがありました。彼女は今年の6月にシドニーで、初めて大きなスクリーンでこの映画を観たんですが、終わった後にすぐに言葉も出ないくらい心を動かされていました」



(upload:2007/12/15)
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp