ようこそ、革命シネマへ
Talking About Trees


2019年/フランス=スーダン=ドイツ=チャド=カタール/アラビア語/カラー/97分/DCP/ビスタ
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(初出:『ようこそ、革命シネマへ』劇場用パンフレット)

 

 

映画と政治、
世代を超えた共感と歴史の重み

 

[Story] 2015 年、スーダンの首都ハルツーム近郊。ここではたびたび停電が起こり、すでに何日も電気は復旧しないままだった。とある場所に集まっていたイブラヒム、スレイマン、マナル、エルタイブの4人は、暗闇に乗じて、映画撮影の真似事を始める。それは、アメリカ映画史に残る傑作『サンセット大通り』の名ラストシーンだった。

そろそろ 70 歳を迎えようとしている4人は、1960?70 年代に海外で映画を学び、母国スーダンで映画作家として活躍していた45 年来の友人だ。1989年に映画製作集団「スーダン・フィルム・グループ」 を設立するが、同じ年、クーデターにより独裁政権が誕生し、表現の自由も奪われてしまう。ある者は亡命し、ある者は思想犯として収監されるなど、長らく離散していた4人だったが、母国に戻り再会を果たす。しかし、すでに映画産業は崩壊し、かつてあった映画館もなくなっていた。

郊外の村を訪れては、細々と巡回上映を続けていた4人だったが、長らく放置されていた屋外の大きな映画館の復活を目指して動き始める。「愛する映画を再びスーダンの人々のもとに取り戻したい」――4人は映画館主や機材会社と交渉し、“映画館が復活したらどんな映画を観たいか?”と街の老若男女にアンケート調査を取るなど、着々と準備を進めていくのだが…。

[以下、本作のレビューになります]

 スーダン出身のスハイブ・ガスメルバリ監督の長編デビュー作『ようこそ、革命シネマへ』に登場するのは、映画産業が崩壊した世界を生きるイブラヒム、スレイマン、マナル、エルタイブという4人のベテラン映画製作者たちだ。彼らは、ハルツーム郊外の村を回って小さな上映会を開き、廃墟となった映画館を復活させるために尽力する。

 だが、ガスメルバリは、彼らの活動を追いかけているだけではない。本作で印象に残るのは、彼らが停電の暗闇のなかで撮影の真似事を始め、『サンセット大通り』のラストシーンを再現したり、古い手紙を見つけて、それを読み返しながら過去の出来事を語り合うような場面だ。ガスメルバリと4人の間に余程の信頼関係がなければ、そんな彼らだけの世界、自然体の言動や親密な関係を映し出すことはできないだろう。

 映画に出会う機会もないまま若くして故郷喪失者となったガスメルバリは、どのようにしてスーダンに戻り、4人と親交を深めることになったのか。本作におけるガスメルバリ独自の視点を明確にするためには、彼の軌跡を振り返ってみる必要がある。

 1989年にクーデターによって独裁政権が誕生したとき、ガスメルバリはまだ9歳だった。映画館はみな野外劇場だったため、夜間外出禁止令によって廃業に追い込まれた。本作でイブラヒムが語っているように、映画を配給していた国立フィルム協会が解散させられ、映画産業も崩壊した。


◆スタッフ◆
 
監督/撮影   スハイブ・ガスメルバリ
Suhaib Gasmelbari
編集 ネリー・ケティエ、グラディ・ジュジュ
Nelly Quettier, Gladys Joujou
音楽編集 ジャン・マレ
Jean Mallet
 
◆キャスト◆
 
    イブラヒム・シャダッド
Ibrahim Shadad
  スレイマン・イブラヒム
Suliman Ibrahim
  エルタイブ・マフディ
Eltayeb Mahdi
  マナル・アルヒロ
Manar Al-Hilo
  ハナ・アブデルラーマン・スレイマン
Hana Abdelrahman Suliman
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(配給:アニモプロデュース)
 

 ガスメルバリは政治家の家系に属していたため、家族や親族の多くが拘束されるか、亡命することを余儀なくされた。彼自身は14歳で政治に関わるようになり、当局から目をつけられる前に16歳でスーダンを離れた。まず父親がいるUAEに向かい、反対派の拠点になっていたエジプトで暮らし、それからパリに移った。

 彼はパリの大学で映画を学んだが、その頃には国を離れたことを後悔していた。そこで、卒業制作の劇映画を撮影するためにスーダンに戻る。だが、撮影許可を得ることは難しく、妥協する気もなかったので企画を断念した。そんなときに彼が出会ったのがスレイマンで、それをきっかけに4人と行動をともにするようになり、本作へと繋がることになる。

 ガスメルバリの世界観は、4人との交流を通して変化していったように思えるが、そこに話を進める前に注目しておきたい作品がある。彼は本作を撮影している間に、アルジャジーラのドキュメンタリー番組「WITNESS」で放映するために「Sudan’s Forgotten Films」という作品を作っている。

 その舞台は国立フィルム・アーカイブ。そこには、映画先進国だったスーダンの遺産ともいえる13000本を超えるフィルムが保管されている。実はその施設は、本作にもわずかながら登場している。スレイマンがある建物のなかで、スチールラックに積み上げられたフィルム缶の中身をチェックする場面だ。

 その国立フィルム・アーカイブには、ベンジャミンとアワドというふたりの職員がいる。政府はその遺産をずっと放置し、フィルムはまともな空調もない劣悪な環境で劣化しつつある。他にコピーがないそれらのフィルムがダメになれば、スーダンの視覚的な歴史が失われることになる。ふたりは、支援もない孤立状態で、補修や整理をつづけている。

 そんな彼らの絆をより印象深いものにしているのが、ベンジャミンの複雑な立場だ。南スーダン出身の彼は、南スーダン独立後は外国人として扱われ、厳しい生活を強いられている。にもかかわらず彼は、フィルムに刻まれた歴史が新しい世代に引き継がれることを夢見て尽力する。

 このTVドキュメンタリーと本作には、共通する視点がある。映画より先に政治に目覚めたガスメルバリは、独裁政権と反対派という二元論にとらわれていてもおかしくない。もし彼がそういう立場であれば、体制を批判する要素を盛り込むところだが、両作品ともその代わりに主人公たちの内面に関心を向け、掘り下げている。それが圧力に屈するのと違うことは、筆者が冒頭で言及した場面を振り返ってみればわかるはずだ。

 ガスメルバリはなぜ古い手紙にまつわる場面を盛り込んだのか。彼らの親密な関係を表現するためだけではないだろう。イブラヒムの手紙には、「俺はカイロと決別した」と書かれている。エジプトが反対派の拠点だったことを踏まえるなら、それは二元論から脱却し、独自の道を歩むことを意味している。と同時に、4人との交流を通して変化したガスメルバリ自身のメッセージにもなっている。

 『サンセット大通り』のラストが再現される冒頭も、ハリウッドへの単なるオマージュではない。この場面では、世の中から忘れられた映画製作者たちが、世の中から忘れられた女優の末路を再現する。過去にすがりつくしかない女優は、自分を見失い、幻想に溺れていく。だが4人組は、現実を見据え、スーダン映画の歴史を背負って前に進もうとする。

 ガスメルバリは、思慮深く、ユーモアを忘れず、ブレることなく未来に繋がる種を蒔きつづける主人公たちの姿を、実に生き生きと描き出している。

 

(upload:2021/10/04)
 
 
《関連リンク》
'Talking About Trees': How four men fought to revive
Sudan’s love for cinema | The National by Stephen Applebaum
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Documentary on Sudanese cinema is a tribute to the filmmakers
who chose to stay behind and fight | Scroll.in by Nandini Ramnath
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'Talking About Trees': Raising hope by reviving cinema
| Daily Sabah by Zeynep Esra ?stanbullu
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Sudan's Forgotten Films | Al Jazeera ■

 
 
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