大停電の夜に

2005年/日本/カラー/132分
line
(初出:「キネマ旬報」2005年12月上旬号、若干の加筆)
公平性もダイナミズムもない大停電

 "大停電"は、誰も予想しないときに起こり、多くの人々の日常生活を限られた時間だけストップさせるものであるはずだが、この映画の大停電は、最初からそんな公平性を欠いている。それは、大停電がクリスマス・イヴに起こるからということではない。イヴがいくら特別な夜だからといっても、一生に一度の夜というわけではない。

 しかし、この映画の登場人物たちは、大停電が起こる前から、一生に一度といえるような特別な時間を過ごしている。人はクリスマスがやって来るたびに、不倫関係を解消したり、離婚届を準備したり、出所して昔の女に会ったり、産気づいたり、母親が生きていることを知らされたり、自分の店をたたむ決意をしたり、これからの人生を変えることになるであろう手術を受けることはない。

 つまりこれは、東京という都市のなかで、仕事や消費に追われる人々が、停電を契機にふと立ち止まり、何かを見出す映画ではなく、人生の分岐点に立つ人々が、謎の衛星に選ばれることによって、決断を見直す猶予を許される映画であり、彼らのドラマが照らし出す東京は、ある意味で「東京タワー」と同じように、その他の無数の人々によって生きられる東京とはほとんどなんの関係もない。

 大停電が生み出したかもしれないダイナミズムは、そんなふうにして謎の衛星に制御されてしまう。その制御をファンタジーといってしまえばそれまでだが、大停電の夜に本当に見えてくるべきものは、美しい東京の映像の陰に埋もれている。


◆スタッフ◆

監督   源孝志
脚本 カリュアード
(源孝志+相沢友子)
撮影監督 永田鉄男
音楽 菊地成孔

◆キャスト◆

木戸晋一   豊川悦司
佐伯遼太郎 田口トモロヲ
佐伯静江 原田知世
大島銀次 吉川晃司
杉田礼子 寺島しのぶ
草野美寿々 井川遥
李冬冬 阿部力
田沢翔太 本郷奏多
梶原麻衣子 香椎由宇
叶のぞみ 田畑智子
国東小夜子 淡島千景
国東義一 宇津井健

(配給:アスミック・エース)

 


(upload:2006/06/03)

ご意見はこちらへ master@crisscross.jp


copyright