陳以文(チェン・イーウェン)の監督デビュー作『Jam』は、カイとジャジャというティーンのカップルの成長を、時にほろ苦く、爽やかなタッチで描いた、愛すべき青春映画である。しかもそのドラマには、台湾が置かれた微妙な状況というものが、とても自然なかたちで反映されている。
映画の舞台となる台北は、奇跡的ともいわれる台湾の経済成長を象徴するように活気に溢れ、一見他の大都市と変わりがないように見える。しかし、カイとジャジャが奇妙な成り行きで出会う人々は、それぞれにジレンマを抱え、そのジレンマが台湾の状況と結びついていく。
台湾では87年に戒厳令が解除され、民主化が急速に進展した。そしていまでは、限りなく独立に近い体制に移行しつつあるりながら、大陸中国の動向が先行き不透明であるために、曖昧な現状維持の状態がつづいている。そんなふうに経済的には繁栄しながらも、政治的には微妙な状況にある世界のなかで、
人々はどのような未来を選択しようとするのか。目には見えない閉塞感や不安のなかで、豊かさとか安定といったことを求めるのか、それともあくまで純粋な夢や希望を追い求めていくのか。この映画では、登場人物たちがそれぞれに過去、現在、未来をめぐって人生の分岐点に立ち、その答を探そうとしている。
たとえば、カイとジャジャが盗むクルマの持ち主であるシュエ。彼女は、映画製作会社の社長と新人監督というふたりの男と微妙な三角関係にある。この男たちは彼女にとって現実と夢を象徴しているともいえる。映画製作に対して、社長は商業主義を最優先し、新人監督は妥協を拒んで自分が作りたい映画を作ろうとする。
彼女は、恋人である監督に思い通りの映画を撮らせたいと思うが、そのためにも何とかして映画会社から資金を調達したいと腐心する。しかし、この曖昧な三角関係の清算とともに、最終的に彼女は夢としての映画を選択する。ひとつの分岐点に立つことによって自分を見つめなおし、これまでのキャリアにピリオドを打って新しい人生を歩みだす。
そのシュエのクルマを使って男を殺害するホアは、ヤクザとして頭角を現しつつあり、ある意味では経済的に繁栄する社会の一面を象徴している。しかし、果たしていまの自分の生き方に満たされたものを感じているのだろうか。彼が遠くを見つめながらふとカイにもらす彼の昔話は、その答が暗示されているようで興味深い。
彼は子供の頃は色盲で色のない世界に暮らしていたが、祖父の死の直前に見た夢がきっかけとなって天然色の世界の住人となった。しかし時々、その昔の世界に戻りたくなるという。おそらく彼は、心のなかではもっと素朴な世界に暮らすことを望み、それゆえにどこかでこの天然色の世界に対して壁を作っているに違いない。
彼の恋人が彼に別れを告げる決意をするのは、そんな壁を感じるからだろう。という意味で、ホアのなかにも現実に対するジレンマを垣間見ることができる。
それでは、この映画の中心に位置するカイとジャジャのカップルの場合はどうか。この映画の第一部に"生まれたばかりの牛は恐れを知らない(怖いもの知らずの世代)"というタイトルが付けられているように、彼らはジレンマなどなく、自分たちの欲望に従って突っ走っていく。
しかし彼らの欲望にも台湾の状況は確実に影をおとしている。お金を手にして贅沢な暮らしをしたいとか、台湾を出て世界を見てまわりたいという彼らの願望は、彼らを取り巻く閉塞的な状況と無縁ではない。また、彼らがこれまで何をするにも常に行動をともにするほど近い場所にいながら、
お互いの関係を振り返ることがなかったのも、この閉塞状況から抜けだすことで頭がいっぱいになっていたからなのだ。
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