「三億円事件」を題材にした永瀬隼介の『閃光』は、現代と激動の1968年を巧みに結びつけ、想像力を刺激する小説だった。2002年に起こったありふれた殺人事件が、封印された過去の扉を開いていく。
当時、事件の真相に迫りながら上層部の圧力によって捜査を阻まれ、悔いを残したまま退職を迎えようとしていた老刑事・滝口。事件後、異なる道を歩んできた実行犯グループのメンバーたち。実行犯としてマークされていた息子の死の真相を知る元警察官。事件に翻弄され、悲惨な運命をたどった関係者とその家族。過去に囚われた人間たちが悲劇の連鎖を生み、深い闇が暴き出される。
この小説を映画化するのは容易ではないが、『ロストクライム―閃光―』では、多くのエピソードが緻密に再構成されている。そして、複雑に入り組む人物たちのなかでも異質な存在感を放つのが、滝口とコンビを組む片桐だ。この若い刑事は出世しか頭にない打算的な人間だが、反抗心を胸に秘めている。それはたとえば、警察にばれるとまずいと知りながら元ヘルス嬢と同棲しているところに表れている。そんな彼は、手柄を求めて事件の闇に引きずり込まれることで次第に変貌を遂げていく。
この物語では、政治と家族が対置されている。1968年が象徴する世界では、反権力の闘争が人々を結びつけると同時に、様々なかたちでその家族を引き裂く。だから彼らは家族を取り戻せないことに苦しみつづける。一方、現代を象徴する片桐が家族に執着することはない。
そんな図式は終盤の展開の伏線になるが、原作と映画では結末が異なる。映画で重視されるのは、あくまで真相を究明し、それを明らかにすることだ。だから片桐は、滝口とともに権力との闘いに引き込まれ、権力と対峙することに意味を見出す。 |