リーピング
The Reaping


2007年/アメリカ/カラー/100分/シネマスコープ/DTS・SRD・SDDS
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(初出:『リーピング』劇場用プログラム)

過去の体験や見せかけの現実に呪縛される恐怖

 スティーブン・ホプキンス監督の『リーピング』には、信仰や奇跡をめぐって様々な要素が盛り込まれ、その物語は二転三転していく。単純にホラーやオカルトとは言い難い、ジャンル分けの難しい作品だ。この映画を観ながら筆者が最初に連想したのは、ルパート・ウェインライト監督の『スティグマータ 聖痕』(99)だ。この2作品には、共通する要素や物語の流れがある。

 『スティグマータ』は、ブラジルのとある教会に、バチカンから派遣されたアンドリュー神父が姿を現すところから始まる。その教会では、聖像が血の涙を流している。アンドリューは、神父であると同時に、奇跡とみなされる現象を科学的に検証する調査官でもあり、これまで聖像が涙を流したり、壁に聖人の図像が浮かび上がる奇跡の真相を明らかにしてきた。そんな彼は、ブラジルに続いて、今度はアメリカのピッツバーグに派遣され、フランキーという女性が体験する聖痕現象(磔刑に処されたキリストと同じ傷が肉体に現われる現象)を目の当たりにする。そして、その奇跡の意味を探るうちに、陰謀が進行していることに気づく。

 『リーピング』もまた、奇跡に対する科学的なアプローチから始まり、それが奇跡の意味の探求へと移行し、最後に意外な事実にたどり着くことになるが、この映画の場合には、主人公が背負った重い過去が現在の物語と絡み合い、より複雑な展開を見せる。

 映画は、主人公のキャサリンと彼女のアシスタントにして友人でもあるベンが、チリにある教会に姿を現すところから始まる。防毒マスクをつけた彼らの姿は、異様な印象を与えるが、間もなくそれがリアルに変わる。教会に隣接する工場から出る廃棄物が、周辺地域を汚染し、奇跡とみなされる現象や幻覚を引き起こしていたことが明らかになるからだ。

 キャサリンは、科学的な調査によって、奇跡とみなされる現象の謎を次々と解き明かしてきた。しかしそんな彼女にも、ルイジアナの田舎町ヘイブンで起こっている現象の謎を解くことはできない。その町で次々に起こる現象は、『出エジプト記』に記された“十の災い”をなぞっていく。そして、それが人知を超えた現象であるなら、新たな疑問が生じることになる。なぜ“十の災い”でなければならないのかということだ。映画のなかでキャサリンもそんな疑問を口にする。


◆スタッフ◆
 
監督   スティーブン・ホプキンス
Stephen Hopkins
脚本 ケイリー・W・ヘイズ、チャド・ヘイズ
Carey W. Hayes, Chad Hayes
撮影 ピーター・レヴィ
Peter Levy

編集

コルビー・パーカーJr.
Colby Parker Jr.
音楽 ジョン・フリッゼル
John Frezzell
 
◆キャスト◆
 
キャサリン   ヒラリー・スワンク
Hilary Swank
ダグ デイヴィッド・モリッシー
David Morrissey
ベン アイドリス・エルバ
Adris Elba
ローレン アナソフィア・ロブ
AnnaSophia Robb
コスティガン神父 スティーブン・レイ
Stephen Rea
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(配給:ワーナー・ブラザース映画)


 その意味は、『出エジプト記』に縁がなくとも、チャールトン・ヘストンがモーゼを演じたあまりにも有名な映画『十戒』を観れば、すぐにわかるだろう。“十の災い”は、ユダヤ人を解放しようとしないエジプト王に対して、ユダヤの神がモーゼを通してその力を示すために起こる。ところが、ヘイブンには、そんな図式が当てはまるような状況が見当たらない。住人たちは、兄を殺した少女ローレンが災いの元凶だと信じている。そして、“十の災い”が次々と現実のものとなり、住人たちに深刻な被害が及ぶに従って、それは、神ではなく悪魔の仕業のようにすら見えてくる。

 この映画は、至るところで私たちの関心を現実に対する認識ということに振り向けようとする。たとえば、冒頭に描かれるチリの教会の場面では、信者の老女が、亡くなった神父の遺体が腐敗しないのを奇跡だと信じ、遺体から滲み出す汗を手に取り、口に含もうとする。それを見たキャサリンは、老女を止める。その現象の原因が有害物質にあると確信しているからだ。しかし、老女は彼女のことを、神を冒涜する悪魔とみなす。

 それから、キャサリンとベンの奇跡に対する認識の違いにも注目すべきだろう。かつてスーダンで布教活動をしていたときに、娘と夫の命を奪われたキャサリンは、信仰を捨て去り、奇跡を完全に否定している。一方、かつて荒んだ生活を送っていた時代に、8発も銃弾を浴びながら九死に一生を得たベンは、神を信じ、いつか奇跡を確認するために調査をしている。彼らは、それぞれの過去の体験ゆえに、対照的な認識を持っている。

 人の認識は、見せかけの現実や過去の体験に左右され、場合によっては、現実を完全に見失ってしまうこともある。キャサリンは、ヘイブンの教師ダグから調査を依頼されたとき、最初は断ろうとする。しかし、ひとりの少女に住民の疑いの目が向けられていることを知り、引き受けることにする。調査を進める彼女のなかでは、ローレンと娘の姿が重なっていく。ところが、災いが生み出す混乱に巻き込まれていくうちに、現実が見えなくなり、いつしかスーダンのときとは逆の立場に立っている。スーダンでは娘を連れ去った男を必死に追い、娘を助けようとした彼女が、ローレンを災いの元凶とみなし、その命を奪おうとするのだ。

 この映画は、キャサリンの過去と現在、現実と見せかけの現実を交錯させることによって、彼女が現実を見失い、操られていく恐怖を描き出しているのだ。

 



(upload:2009/03/29)
 
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