フライト (レビュー02)
Flight


2012年/アメリカ/カラー/138分/スコープサイズ/ドルビーデジタルSR・SRD・DTS
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(初出:『フライト』劇場用パンフレット)

 

サスペンスとヒューマンドラマの見事なまでの融合

 

 ロバート・ゼメキス監督の『フライト』の導入部には、私たちを一気に映画の世界に引き込むような衝撃と緊張がある。前の晩に客室乗務員のカテリーナ・マルケスと盛り上がったパイロットのウィップ・ウィトカーが、コカインで景気をつけ、そのままフライトに臨むとは誰も思わないだろう。

 しかし彼はさっそうと旅客機に乗り込む。コックピットの彼にはさすがに疲れの色が見えるが、鮮やかなテクニックで激しい乱気流を切り抜ける。そして、機体が制御不能に陥っても、飛び抜けた判断力を発揮し、奇跡ともいえる緊急着陸を成し遂げる。

 この作品には実に多様な要素が盛り込まれている。導入部では、切迫感に満ちたスペクタクルが際立つ。事故後に疑惑が浮上してから公聴会に至る流れに注目するなら法廷劇ともいえる。さらに、ウィップとニコール・マッゲン、あるいはウィップと前妻ディアナや息子トレヴァーの関係に注目するなら、ロマンスやファミリー・メロドラマとみなすこともできる。

 しかし最も重要なのは、深刻な問題を抱えたウィップが、それを乗り越えて自分と向き合えるかどうかの葛藤の部分だろう。この映画はそんな心の動きに迫るために、ウィップの立場や視点を中心にドラマが組み立てられている。

 但しひとつ例外がある。それはウィップとニコールの関係だ。二人は病院で偶然に出会うが、ニコールはその病院の場面で映画に初めて登場してくるわけではない。冒頭の緊急着陸に至るドラマと並行して、ニコールのドラマも始まっている。薬物依存症に苦しむ彼女の立場と視点は、この映画のひとつのポイントになる。

 ニコールは知人の男からドラッグを受け取るときに、打つのではなく吸うように念を押される。ところがアパートに戻ってみると、大家が勝手に部屋に入り込んでいる。そこで一悶着起こり、感情的になった彼女は、転がり落ちた箱から飛び出した注射器の誘惑に負け、病院に担ぎ込まれることになる。もし彼女が言われた通りにドラッグを吸っていれば、ウィップと出会うことはなかった。

 しかも、病院でウィップが彼女の連絡先を尋ねたからといって、再会が約束されていたわけではない。病院を退院し、マスコミを避けるように亡父が暮らした農場にこもったウィップは、トリーナを喪った哀しみに苛まれ、家中のアルコールやドラッグを処分する。そんな彼には、ニコールのことを考える余裕などなかっただろう。

 ところがその翌日、ウィップはパイロット組合の代表を務める友人のチャーリー・アンダーソンと彼が連れてきた弁護士ヒュー・ラングと会い、自分の血液中からアルコールが検出されたことを知らされ、激しく動揺する。そして、再びアルコールに手を出し、酔って車を運転しているうちにニコールのことを思い出し、彼女のアパートに立ち寄る。自分が刑務所送りになるかもしれないという不安に襲われなければ、再会はなかったかもしれない。


◆スタッフ◆
 
監督/製作   ロバート・ゼメキス
Robert Zemeckis
脚本 ジョン・ゲイティンズ
John Gatins
撮影 ドン・バージェス
Don Burgess
編集 ジェレマイア・オドリスコル
Jeremiah O’Driscoll
音楽 アラン・シルヴェストリ
Alan Silvestri
 
◆キャスト◆
 
ウィップ・ウィトカー   デンゼル・ワシントン
Denzel Washington
ヒュー・ラング ドン・チードル
Don Cheadle
ニコール・マッゲン ケリー・ライリー
Kelly Reilly
ハーリン・メイズ ジョン・グッドマン
John Goodman
チャーリー・アンダーソン ブルース・グリーンウッド
Bruce Greenwood
エレン・ブロック メリッサ・レオ
Melissa Leo
ケン・エヴァンス ブライアン・ジェラティ
Brian Geraghty
マーガレット・トマソン タマラ・チェニー
Tamara Tunie
カテリーナ・マルケス ナディーン・ヴェラスケス
Nadine Velazquez
ディアナ(ウィップの妻) ガーセル・ボヴェイ
Garcelle Beauvais
-
(配給:パラマウント ピクチャーズ ジャパン)
 

 こうしたエピソードが示唆するのは、なにが人生の転機に繋がるかわからないということだ。ドラッグの過剰摂取で病院に運ばれるのは、その時点では最悪の出来事だったはずだが、振り返ればそれがきっかけになるのだ。頼れる人間が誰もいなかったニコールは、ウィップに救われ、更生への道を歩み出す。ある出来事が転機となるかどうかは、めぐり合わせと本人の葛藤がどう結びついていくのかで決まるといってもいいだろう。

 この映画では、そんなニコールのエピソードが伏線となり、彼女以上に深刻で複雑な状況に追い込まれているウィップの心の動きを際立たせていくことになる。

 ニコールとは違い、ウィップには協力者がいる。しかしもちろん、この映画ではなにが本当の救いや転機になるのかはわからない。ハーリン・メイズはウィップが信頼する友人だが、いくら親切でもあくまでドラッグの売人であり、彼を更生させようとはしない。

 チャーリーは古い友人で、ウィップの現状もよくわかっているが、会社や組合の立場も尊重しなければならないので、アルコールの問題には踏み込まない。弁護士のヒューは、真相を知っていてもあらゆる手を尽くしてウィップの潔白を証明しようとする。要するにチャーリーとヒューは、ウィップの真実の姿をヒーローという虚像に封じ込めて、急場を切り抜けようとする。もしウィップが彼らの望み通りにすれば、ずっとその虚像に縛られることになるだろう。

 そこで興味深く思えてくるのが、事故の調査で発見されるウォッカのミニボトルのことだ。ウィップはフライトで飲酒を繰り返していたと思われるが、激しい乱気流と事故が重なり、秘密が露見することになった。それは、公聴会を控えた彼には大きな打撃となるが、ニコールのエピソードを思い出すなら、単純に悪い出来事と決めつけることはできない。この映画の終盤には、ウォッカのミニボトルがクローズアップで映し出される印象的な場面があるが、それはある意味で彼の人生の岐路を象徴しているようにも見える。

 この映画の冒頭のスペクタクルと自分と向き合おうとして葛藤するウィップのドラマは無関係ではない。彼は病院で目を覚ましたときから、彼自身が制御不能の状態に陥り、急降下しているともいえる。制御不能とは、アルコールに溺れ、チャーリーやヒューの言いなりになることを意味する。彼が自分を取り戻すためには、冒頭の緊急事態を背面飛行という離れ業で切り抜けたように、嘘の積み重ねでしかない現在の自分を引っ繰り返す勇気が必要になるだろう。

 不思議なめぐり合わせと主人公の葛藤が複雑に絡み合うこのドラマでは、どちらに転ぶかわからない状況が緊張感を生み出すと同時に、自分と向き合う苦悩がリアルに描き出され、サスペンスとヒューマンドラマが見事に融合している。


(upload:2013/06/19)
 
《関連リンク》
『フライト』 公式サイト
Flight (IMDB)
『フライト』 試写室日記
今週末公開オススメ映画リスト2013/02/28
『フライト』 レビュー01 ■

 
 
 
 
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